第5話 これからは侍女として働きます①
「サラ……俺はお前ほど美しい女を知らない」
「何を言う……私のこの傷だらけの身体を見てそれを言うのか?」
私の胸、背中、肩には刃で斬られた傷跡が残っていた。
この傷は生涯癒えることがないものだ。
自嘲混じりに言う私に、その青年はフッと笑い背中の傷跡に口づける。
ビクッと身体を震わせると、彼は肩や胸の傷にも口づける。
「身体が傷だらけなのはお互い様だろう? この傷は君が祖国を守ってきた証だ……この傷も含め、俺は君が愛しいと思っている」
「ライデン」
「サラ、もう一度君を愛したい」
「先程も求めたではないか……」
「何度も君を愛したい。もっと、もっと君が欲しい」
私は青年に押し倒される。
唇を重ね、貪るように深いキスを求めてくる。
「あ……ライデンッッ……」
◇◆◇
「だから、何で相手がライデンなんだ!?」
ベッドから飛び起きた私は思わず叫んでいた。
しばらくして私の声を聞きつけたメイドがノックをしてくる。
『お嬢様!? いかがしました!?』
「な、何でもない!! ね、寝ぼけただけだから」
『何事もなくて良かったです。今日はいよいよマノリウス邸での生活が始まるのですね』
それまで恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた私だが、ドア越しに寂しそうなメイドの声を聞いて少し切ない気持ちになった。
今までは実家からマノリウス邸に通っていたが、今日からはハイネルの侍女としてマノリウス邸で住み込みとなる。
住み慣れた実家を離れるのは寂しい気持ちもあるが、学生時代親友だったハイネルとの再会が楽しみなこともあり、私の気持ちは新たな職場への期待感に満ちていた。
マノリウス邸に到着した私は執事に案内され、ケンリック様の執務室に入った。
そこには久々に会う親友、ハイネルが夫であるケンリック様の傍らに立ってた。
私が跪くとケンリック様は労いの言葉をかけてきた。
「新人の指導、ご苦労だった。特にライデンは心配していたのだが、君と共に楽しそうに稽古をしている姿を見て安心していた」
満足そうなケンリック様の言葉に、私は思わず目を丸くしてしまう。
確かにライデンは最初の時よりは表情は柔らかくなってきたけれど、楽しそうだったのだろうか。
それなら私も頑張って指導をした甲斐があるというものだけど。
「あいつが今まで避けていた魔術の勉強に力を入れるようになったのも君のお陰だ。本当に感謝している」
「私のお陰、ですか? ライデンは何故魔術の勉強を避けていたのですか?」
「俺は魔力が全くなくて、剣一つで戦ってきたからな。あいつはそういう俺に憧れていて、魔力があるにも関わらず魔術を習おうとしなかった」
魔力があるのに魔術を習わないなんて勿体ない話だけど、初対面の時は私に焼き餅を焼いていたくらい、ライデンはケンリック様に憧れを抱いていた。
少しでも憧れの人に近づきたい思いがあったのだろう。
「だけどリザードクロウとの戦いで実戦を経験し、考え方が変わったみたいだ。今度は君を守れるように魔術もきちんと会得したいと、剣の訓練の後も魔術を学ぶようになったんだ」
「私を守る……ですか?」
「ああ、あいつが女性を守りたいと言ったのも初めてだな」
そう言ってフッと笑うケンリック様。
あ、あの隊長が笑った!?
いや、今は隊長じゃないけど、隊長時代だった厳しいケンリック様のイメージしかない私には、その笑顔は意外だった。
だけど、私を守りたいって、本当にライデンが言ったのだろうか?
ふと、最後に剣の手合わせをした時、嬉しそうに笑ったライデンの顔を思い出す。
一瞬、胸がドキッと高鳴った。
い、いや、何を動揺しているんだ? 私は。
心の動揺は顔には出ていない筈だが、ケンリック様は何だか意味深な笑みを浮かべている。
そこにハイネルが私の元に歩み寄り声をかけてきた。
「ではサラは私と共に参りましょう」
「かしこまりました」
私は胸に手を当て御辞儀をした。
ケンリック様に一礼をし、ハイネルと共に執務室を後にする。
すれ違った執事に会釈し、しばらく黙って歩いていたが、周りに誰もいなくなったのを確認してから、私とハイネルはお互いにクスクスと笑いはじめた。
「もう! サラ。らしくもなく堅くならないでよ」
「そんなこと言われても、あの場だとああいう態度取るしかないでしょ? 上司がいるし」
学生時代、親友同士だった私達はいつもこんな感じで会話をしていた。
今まではケンリック様がいた手前敬語を使っていたけれど、学生時代はずっと友達口調で話をしていたのだ。今更、敬語で話すのはお互い違和感しかなかった。
「すごく畏まっていたわよね。隊長としてのケンリック様は、そんなに怖い方だったの?」
「怖くはないけど、すごく厳しい」
「そうなの? 普段はとても温厚で優しい方なのだけど、そんな一面もあるのね」
――いや、そんな一面しか私は知らない。
元鬼隊長はどうも、妻に対してはかなり優しいみたいだな。
ハイネルは同性の私から見ても綺麗で、何とも言えない愛らしさがある。
あの厳しい隊長だった人が、すごぶる優しくなるのも無理はない。
「ハイネルは今回何故お母様のご実家に行っていたの?」
「ええ、実は家族が増えることを報告したくて……」
ハイネルは少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、自分のお腹をさする。
あ、ふんわりしたドレスを着ていたから気づかなかったけれど、お腹がふっくらとしている。
「おめでとう!! ハイネル」
「ありがとう。初めての子供だから不安はあるのだけど、サラが側にいてくれたら心強いわ」
「ハイネル……」
ハイネルの言葉は泣きたいくらい嬉しかった。
新たな職場は本当に良い所だ。
ライデンをはじめ新人騎士たちも真面目で素直だし。
学生時代と変わらず接してくれるハイネルもいて、何より上司が心から尊敬できる人だ。
これからは侍女としてこの親友を、そして親友の子を絶対守ってみせる。
「さっそく邸宅内を案内するわ。まだ全部は見て回っていないでしょう?」
「あ、ああ。まだ練兵場周辺ぐらいしか把握してない」
「もう。ケンリック様、そういう所は気が回らないんだから。あ、まずは侍女服を着てもらわないとね」
ハイネルは弾んだ声で私の手を引いた。
ああ、この感じ久しぶり。
学生時代もハイネルはいつも私を街へ連れて行ってくれたり、綺麗な花が咲く公園に連れて行ってくれたりした。
案内されたのは一人部屋としては丁度良い広さの部屋だ。
しつらえた家具はどれも高価な物。
「ここは私の隣の部屋。今日からあなたの部屋になるのよ」
「こ、こんないいお部屋……いいの?」
「もちろん。侍女は護衛も兼ねているのだから、隣にいてもらわないと困るのよ」
そ、それはそうだけど、今朝まで実家にいたからなぁ。
実家の部屋の広さはこの部屋の半分もなかったし。家具もここまで立派ではない。貴族とは言えあまり裕福とは言えなかった私の実家。
ハイネルはクローゼットを開けて、紺色のドレスを取り出した。銀の刺繍が施された美しいドレスだ。
「今日はこのドレスにしましょう。色んな種類があるから、明日からは好きなのを着ていいからね」
「……」
ふ、服がキラキラ輝いて見える。
侍女服だけで十着以上はあるような。
実家でも見たことがない見事すぎるドレスに私は、ただ、ただ呆気にとられるのだった。
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