二人の縁

赤オニ

二人の縁

 独りぼっちは寂しい。

 独りぼっちは悲しい。

 独りぼっちは痛い。

 胸の奥がじくじく、膿むように疼く。底のない暗闇に放り出されたような、途方もない空虚な感情に飲み込まれる。

 流した涙は頬に跡を残し、鼻の奥がツン、としびれる。眼球はすべての水分を出し切ったようにヒリつき、声を押し殺した喉がぐぅ、と鳴った。

 独りぼっちは、嫌。

 寂しいよ。悲しいよ。怖いよ。傍に居てほしいの。この手を握っていてほしいの。離さないでほしいの。

 冷たくなった身体に、耳をくっ付けた。ほんのちょっと前まで聞こえていた命の音は、恐ろしいほど静かで。

 あんなにも温かく包み込んでくれた腕は、今や力なくだらりと垂れ下がり。

 ガラス玉のように美しかった瞳の色は消え。

 肌は青白く、口は半開いたままで、そこに温もりは無い。

「独りぼっち、は……嫌」

 かすれた声を拾う相手は、今やただの肉塊だった。


 覚えているのは、息苦しさ。

 そこに居る、というだけで向けられる――すべてを、否定するような空気。

 直接言われたわけじゃない。気のせいだ、と言われたらきっとそれでおしまい。

 でも、わたしは感じるの。刺さるような視線で。わざとらしく吐き出される息で。聞こえるように出される音で。

 全身に向けられる『お前なんて要らない』という感情。

 息苦しい。吸っているのに、酸素が体に巡らない。頭が酸欠状態のようにクラクラして、心臓を握り潰されたように痛む。

 毎日向けられる感情に、心が擦り減っていく。一番柔い部分を、ヤスリで削られているような。痛くて悲しい。

 本当は、誕生日に生クリームがたっぷり乗ったケーキを食べてみたかったの。

 本当は、寒くて眠れない夜に一緒のお布団で温もりを感じながら眠りたかったの。

 本当は、「寂しい」って声に出してわんわん泣きじゃくりたかったの。

 本当は、本当は、本当は。

 ――ママ、わたしの事を見てよ。「ダメな子」って叱ってもいいし、叩かれるのも髪の毛を掴まれるのだって、もう嫌がったりしないから。

 独りにしないで。寂しいの。悲しいの。痛いの。

 好きな人にぎゅーって抱きしめてもらうと、胸が痛くなくなるんだって。

 わたしもママに、ずっとぎゅーってしてもらいたかったの。

 好きな人と一緒だと、ふわふわして幸せな気持ちになれるんだって。

 ずっと痛いわたしの胸も、大好きなママと一緒になったらふわふわして幸せな気持ちになれるかな。


 好きな人と一緒になって、幸せな気持ちになりたかった。

 独りぼっちは、もう嫌だった。

 ママの身体を切り分けて、自分の身体と一緒にしたら、二人の血肉がぐちゃぐちゃに混ざって胸の痛みがなくなって温かくて――幸せだと思った。

「ママの手は冷たかったんだ。いつも叩かれるときは痛くて熱かったから、知らなかったな」

「ママの目、近くて見ると海みたいでとってもキレイな色。いつも顔を向けてくれないから、近くて見たいなってずっと思っていたの」

「ね、ママ。、ママの望む”良い子”に生まれてこれなくてごめんなさい。身体も骨ばって、声も低くなって、何一つママの望む子供になれなくて……。ママ、でも、これでもう大丈夫だよ」

 顔を歪めて「裏切者」「許さない」と呪いのような言葉を吐き続けたママの愛しい人パパに、僕の見た目はとてもよく似ているから。

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