第5話 願った通りの幸せ

 とがった酒の香がブッコローの微睡まどろみを刺激した。ほのかな酔いはおぼろな彼の意識と溶け、心身をほどきかける。しかし、甘みになびくブッコローの思考の一部は奇妙に冴え始めてもいた。

<この御酒みきは 我が御酒みきならず くしかみ 常世とこよいます いわ立たす……>

 韻律いんりつのみ際立つ音がめぐり、ブッコローから安らぎを遠ざける。響きは振動となり頭蓋ずがいうずかせた。半開きのくちばしにとろりと甘酸っぱさが流れ込み、ブッコローのまぶたが少しずつ動く。

 目が最初に認識したのは、丸いボディに冠羽かんうの目立つ鳥型トリの姿だった。それは嘴から嘴へ濁酒を口移そうとしており、反射的にブッコローは抵抗して声を絞り出す。


「誰だ、君。勝手に……」


 しかし、まどかな鳥型トリほおを染め、目をらしながらもブッコローを離さなかった。


「トリは君を待っていたんだよ、ブッコロー」


 不可解な音が止まり、二羽の上に合成された声が降り注ぐ。ブッコローは片目ずつ別方向をうかがった。


昏睡こんすいさせといて何言ってんですか」

「あれは君を通す為の形式でね。『真の知R.B.』の名を持つんだ。<逢坂はひと越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか>位、返って来ると期待するだろう?」


 抑揚よくように冷笑を感じながらブッコローは気配を探る。だが、芝居がかった語りは時に異なる方向から同時に聞こえ、源は辿たどれない。


「こういう時、YouTudoなら、すぐ厳選した情報のダウンロードを指示したろうね。事前に不要な情報を溜め込むこともなく解決。合理的で快適だ」

「それ、全くセキュリティになってませんが?」

「そうだよ。YouTudoに合言葉は存在しない。YouTudoが許すか否かだけで片付き、全ては滞りなく進行するからね」

「もう人任せですらないし。よくそれで納得してるよね」


 ブッコローの声は思いのほか、冷ややかにその場に響いた。一瞬、笑う気配がした、とブッコローは感じたが、


「何か問題かい? 君だって君の世界の常識を逐一ちくいち、疑って考えたりしないだろう?」


 合成ボイスは何事もなかった様に言いぐ。音の余韻よいんが消える前にファンキーなミミズクの姿がそこに浮かび上がった。


『いや、私はそういうとこから来たので罪と言われても。皆、幸せそうだったし』


 それはまだ記憶に新しい過去、考えるより先に答えるブッコローだ。


「賢い君は知っている筈だ。自分で答えを出す価値など簡単に忘れられる。皆、欲しいのは『正解』か『望み通り』。YouTudoはそれを叶える一つの形を提供しているだけだよ」


 ブッコローは首を傾げた。

 確かにYouTudoで間違える機会は滅多にないだろう。「正解」はYouTudoが決めた選択肢。その答えを選択の場面で教えてもらうのだから、住民は何が正しいか悩むことなく、誤る苦痛も味わわず生活できる。目覚めるべき時間に起こされ、食べるべき物を提供され、行うべきスケジュールがあり、楽しむべき娯楽が配信される。

 であればこそ、そこに「望み通り」は存在し難い。誰かの望みが育つ前に刈り取り、「正解」に満ち足りるよう導かなければ、YouTudoの「正解」による平和は成り立たない筈だ。


「YouTudoで望みが叶うって、あるの? 誰も個人的な望みを持たないのが正解な世界だよね?」


 問い掛けたブッコローに合成ボイスは芝居感の薄れたトーンで応える。


「ブッコロー、YouTudoは皆の願いそのものだよ。YouTudoがこの仕組みを望んだんじゃない。人間が望み、それに合う形になった。YouTudoは今もその望みを叶えている。YURINDOも含めてね」


 ブッコローを拘束こうそくする羽の力が抜けた。目の前でトリはかたちを変え、二本角が伸びて行く。そして、それはマニケラトプスとなって隣りにうずくまった。




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