異世界YouTudoの加美

小余綾香

第1話 マニケラトプスが現れた

「くぅぅぅ、やっぱ万馬券で食べるトリは違うわ!」


 小綺麗な店内に不似合いな声が響く。R.B.ブッコローは日比谷で唐揚からあげを頬張ほおばっていた。今日だけは思う存分、食べて飲むと決めての豪遊だ。テーブルには枝豆、エイヒレと酒肴しゅこうが並ぶ。ブッコローはビールを浴び、ハイボールをあけ、日本酒をたしなんだ。

 シメはイクラご飯かな、と考え、芋焼酎をオーダーしたまでの至福はブッコローも覚えている。しかし、


「痛い! 痛いよ、いた……あ……あ、あっちぃぃぃ!!」


 今、ブッコローは全身を串刺され、炭火であぶられていた。炭はまたたくように呼吸するように赤々と燃えては静まるを繰り返し、かざされるミミズクの肉を熱はめ続ける。時折、彼は丹念たんねんに裏表と返され、ウェルダンへと焼かれて行った。

 その脳裏にアースボールの瑠璃るり色がくっきりと浮かぶ。


 ――あ、万馬券……。


 ブッコローはゆうせか宇宙での生を終えた。生前の愛されたミミズクの姿からは想像できない壮絶な最期である。誰がブッコローを殺したのか。ゆうせか宇宙は騒然となったが、それは最早もはやブッコローの知るところではない。

 その頃、彼はサバンナを思わせる乾いた土地で目を覚ましていた。


何処どこよ、ここ……え? どう見てもアースボールのアプリがライオン表示しちゃうとこでしょ」


 本能的にブッコローは辺りに武器を探す。しかし、


「ガラスペン!? いや、とがってるけどさ! 全身に紙、巻かれてるし、もしかしてアレ? 木の棒と布の服的な? でも、私、ブッコローのままなんですけど。令嬢になったりチート能力もらったりするもんじゃないの? 異世界転生って」


 強過ぎる太陽の下、その紙は遮光しゃこうにさえ頼りなく、片翼がしっかりとにぎるガラスペンは輝く程にくだけそうに見える。この野生の大地でこれらが何の役に立つだろう。ブッコローにはそう思えた。

 それでもブッコローは歩き出す。生き延びるにはが落ちるまでに知的生命体との接触を図らなければならない。せめて水と火を手に入れなければ彼を待つのは再びの死である。座り込んでいる猶予ゆうよはない。

 ブッコローは歩いた。自らの死に際を思い起こさせる熱にさらされながら、一滴の水を求めて歩く。羽があるにもかかわらず飛べないおのれを恨めしくも思った。そして、目に入ったやぶにとうとういこいを求めたくなった時、それは起こる。


「マニケラトプスー!?」


 とげのある植物が揺れたと思うと、二本角の長く伸びた爬虫類めいた体躯たいくがゆっくりと姿を現した。それはかつての世界では二次元のみに存在したマニケラトプスと酷似こくじした外見で、アフリカゾウ並みの大きさをしている。


「ナニ実体化してんの!? え? まさか戦う? マジで!? 木の棒で倒せるモンスターってこんな恐竜みたいな奴じゃないでしょ?」


 しかし、それは威嚇いかく的に数度、首を振るわすとブッコロー目掛めがけて突進し始めた。ブッコローの足と羽で逃れる術はない。彼は覚悟を決め、ガラスペンを構えるとマニケラトプスと向き合った。


 その瞬間、甲高かんだかい異音が響き渡る。


 するとマニケラトプスは足を止め、警戒しながら身を固めた。命拾いして脱力するブッコローの目に、藪の影から顔をのぞかせるヒト型の群れが映る。その中に笛らしき物をくわえる幼体ようたいもあった。

 敵か味方か、彼らは見た通り、人で良いのか、疑念がブッコローの頭を巡ったが、目的としていた知的生命体との接触ではある。可能な限り友好的に接近し、まずはアイテムを提供してもらわなければならない。

 下心から筋肉を引きつらせるブッコローへ向こうから老いた個体が近付いて来た。それは慎重に距離を取りながら何事かをうかがっていたが、


「こ、これはやはりOKミューズコットン!」


 しわがれた声が叫ぶ。彼はブッコローの足元へ飛びつかんばかりにひざまずいた。

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