新たなる刻

第122話 新たなる刻 ~鴇汰 1~

 軍部の麻乃の部屋をノックしてドアを開いた。

 途端になにかにぶつかり、ドサリと倒れる音が聞こえる。

 本の山でも倒したか――。


「麻乃? いつまで寝てんだよ」


 ソファーに丸まって眠っている麻乃の肩を揺り起こした。


「んん……鴇汰か……どうしたのさ? こんな時間に」


「こんな時間もなにも、もう昼だぞ」


 麻乃を連れ戻してきた日から、三カ月が過ぎた。

 先月、修治と多香子の祝言が無事に行われ、そのときは参加したものの、それ以外は完全に軍部の部屋に引きこもり、寝泊りもここでしている。

 日中、どこかに出かけてはいるようで、数時間、姿が見えないけれど、今日はいた。


 新たに印を受けた戦士たちの訓練が春から始まる。

 その前に、さっさと住むところを決めてしまいたいのに、なかなか話す時間が持てなかった。


「てか……俺、昨日確か掃除したよな? なんだよこの本の山は……」


「ん……ちょっと調べものがあって」


「そうか。まだ調べることがあるなら、このままにしておくか?」


「ううん。もう大丈夫」


 散らばった本を書棚にしまうと、麻乃も来て一緒に片づけはじめた。

 それが済むと、またソファーに横になっている。


「ねえ、明日でいいんだけどさ、柳堀に連れてってくれないかな?」


「柳堀? そりゃあ構わねーけど、なにしに行くのよ?」


 麻乃はソファーの横に無造作に置かれたかばんから、二本の刃物を出して鴇汰に掲げてみせた。


「鬼灯と夜光。見つけてきたんだ。もとには戻らないみたいだけど……再利用できないか聞きに行きたくてさ」


「それを探しに行っていたのか。そっか……良く見つかったな。じゃあ、明日は朝のうちに出よう」


「うん。助かる」


「それと、もういい加減に住む場所決めようぜ。いつまでも別々に暮らしているの、俺、嫌なんだけど」


 麻乃が赤くなったのをみて、鴇汰まで妙に恥ずかしくなる。

 この反応だと、泉翔に住むのに抵抗があるわけじゃあなさそうだ。


「東区の俺の家も手入れはしてあるからすぐに住めるし、東なら穂高の奥さんもいるだろ? もちろん、西でも構わないし、住んでみたいなら南でも北でも構わないけど……」


「なにいっていやがる! 住むのは西区一択だろうが!」


 突然、背後から怒鳴られて驚いた。

 麻乃のほうもソファーから飛び起きている。


「誰だ? おまえ?」


「あんた……こんなところになにしに来たのさ?」


 現れた男は柳堀の地主の息子だという。

 どうやら以前、麻乃と揉めたことがあると岱胡に聞いている。

 西区に家があるのにほかの区に住むとはなにごとだ、と、まくし立ててきた。


「家って……あの家は焼けてもうなくなっている……」


「馬鹿か。新しく建てたに決まっているだろうが。ん? あんたがコイツの旦那か?」


 唖然としてみていた鴇汰に、そいつはなにか手帳のようなものを差し出してきた。


「クマのやつに、水回りのことはあんたに任せるように言われてんだよ。いろいろと説明があるからよ、今から西区に来てくれや」


「今から?」


「ちょっと待ちなよ、新しく建てたってなに? そんなこと頼んじゃいないし、なにいってんだか全然意味がわからないんだけど?」


 そいつは車を待たせてあるから、とにかく今すぐ来いといって鴇汰と麻乃を急かした。

 よくわからないまま、西区へと移動する。

 連れてこられたのは、もともと麻乃の家があった場所で、麻乃は焼けたといったけれど、立派な家が建っていた。


 見れば家の前にはおクマや松恵、修治や多香子、高田もいる。

 地主の息子は鴇汰を急かし、家に入るとすぐに水回りの説明を始めた。

 真新しい木の匂いが家中に広がっている。


 間取りや広さは、前よりも大きい。

 家具類はもとより食器や生活に必要な用具がみんな揃っている。

 以前の家を建てた大工を探して、同じように建ててくれるよう頼んだそうだ。


「――ってところだ。内向きのことはあんたがやるそうだな? なにかあればすぐに言ってくれ。大工には話しは通してあるからよ」


「そいつはありがたいけど……あんた、なんで麻乃にここまでするんだ?」


「いやさ、このあいだの戦争でよ、あいつに命を助けられてな。その礼を兼ねてのことよ」


「へえ……」


 暗示に掛けられていたはずなのに、一般人を助けたというのか。

 あのとき、確かに小坂や茂木たちにも手を緩めた。

 泉翔の誰かを手に掛けるなど、麻乃にできるはずがなかったんだ。


「それよりあんた、ホントにあいつの旦那になるのか? 難儀なことだなぁ……」


「なんでよ?」


「だってあいつ、強ぇぞ? まあ、あんたも蓮華じゃあ強いんだろうがな。夫婦喧嘩なんてことになったら、誰も止められねぇぞ? 下手したてに出て、うまいことやってくれや」


「わかってるよ」


 話しをしている限り、悪いヤツじゃあなさそうだ。

 麻乃が戸惑った様子でなにか言っているのが、外から聞こえてくる。

 こんなことをしてもらって、とか、そんなわけにはいかない、とか言っている。


「今日からでも住めるようになっているんだけど、どうする?」


「そうだな……住むんじゃあないか? たぶん、今日から」


 中に入ってきたおクマと松恵が、大量の食材を手にしている。

 テーブルにそれを広げると、鴇汰にエプロンを投げてよこした。


「鴇汰ちゃん、新築祝いのパーティーするわヨ!」


「私らも手伝うから、ちゃっちゃとおいしいものでも作ろうじゃないの」


 ため息まじりに調理の準備を始めながら「せっかくだから、あんたも食っていけよ」と地主の息子を振り返ると、もうちゃっかり椅子に座っている。

 素早い。


 賑やかな中、恐縮したように家の中に入ってきた麻乃は、鴇汰をみて苦笑いをした。

 住む場所はここに決まりのようだ。


 それにしても――。


 賑やかなのはいいことだけれど、二人きりになるのはなかなか難しいらしい。

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