第108話 潜伏 ~麻乃 2~

 大陸に渡ることがこんなにも難しいことだとは思いもしなかった。

 あっさりと承諾してもらえると思っていたのに、妙な条件を提示されて、麻乃は面食らった。

 レイファーは麻乃に妻になれという。


 あまりにも馬鹿げた条件に、当然ながら無理だと突っぱねた。

 鴇汰以外の誰かと一緒になるなど、考えられない。

 仕方なく、ヘイトに話しを持ち掛けようと考えるも、それも邪魔をするという。

 苛立つ麻乃に、レイファーは別の条件を提示してきた。


「一つ目の条件は、ジャセンベルのあの森……あの場所の管理を頼みたい」


「管理って……手入れをしろってこと?」


「ああ。もちろん、なにをするかは俺が教える」


 レイファーは、これまで巧が植林をしたあと、木々や周辺の草木の手入れをしているという。

 森のはずれには、花や野菜を植えて成長の観察もしているらしい。


「これから当分は、俺自身も国のことで忙しくなる。管理を続けるにも今までのような時間は取れないだろう」


「ああそうか……あんた、王さまなんだもんね」


「だから藤川にあの場所を任せられると、俺も助かる。それに森の中には小屋もある」


 突然、大陸に渡って住む場所を探すのは困難だから、その小屋に住めばいいといった。

 今は生活するための設備は整っていないけれど、麻乃が了承するならば、すぐに改修の手配をするという。


「そりゃあ……そうしてくれるならありがたいけど……森の管理なんて、あたしはしたことがないよ?」


「それは俺が教えるから安心しろ。手入れの方法や、やるべきことは追々、覚えていけばいい。そう難しい作業じゃあないからな」


「……わかった。もう一つの条件はなに?」


「もう一つは、月に一度、必ず親もとと高田へ手紙を書け。発送はジャセンベルが責任をもってあずかる」


 ――親もと、と言うと修治の両親だ。それに高田先生か。

 誰にも言わずに大陸へ渡ろうというのに、それでは居場所をしらせることになってしまう。


「居どころを知られたくない……か?」


「まあね……」


「ならばなおさら、手紙を書け」


 レイファーは、泉翔側は麻乃の居どころがわからなければ、必ず手を尽くして探そうとするといった。

 大陸へも必ずやってくる、と。

 確かに、それはあるかもしれない。

 見つからない自信はあるけれど、それでみんなの手を煩わせるのは……。


「それに、俺が無理やり藤川を連れ去ったと思われては、今後に障りがでるんだよ」


 そう言われると弱い。

 麻乃のせいで、泉翔と大陸側に問題が発生するのはまずい。


「どこに住んでいて、無事で暮らしているということがわかれば、身内の方々も少しは安心できるだろう?」


「でも……」


「当面は渡航の管理をすると泉翔側とも話し合っている。大陸へ渡ってくるのが誰か、すぐにわかる。訪ねて来られては困ると、どうしても会いたくないというのであれば、相手が大陸に滞在しているあいだ、一時的に城へ避難してくればいい」


 さすがに城内へは、誰もが入れるわけじゃあないという。

 麻乃が城にいるあいだだけは、王族以外の人間を城に入れるつもりはないと宣言した。

 そうまで言われては、この条件も飲むしかないだろう。

 そうしなければ大陸へ渡れないのなら。


「わかった。書くよ。手紙もちゃんと書く」


「そうか。ならば我がジャセンベルへ迎え入れよう。出航は明日、午前九時だ」


「明日? ずいぶんと急じゃないか」


「ほとんどの船の修繕が済んだからな。とり急ぎ国へ戻り、今後の予定を組まなければならないんだよ」


 このあと、大陸で待つ部下たちに式神を送り、森の小屋は早急に改修をするよう手配するといった。

 住めるようになるまでは城においてくれるらしい。


「持っていく荷物などは今夜中にまとめておけ。明日の出航は、北側の浜からだ」


「北浜……わかった」


「誰にも見つかりたくないというのであれば、明け方にでも来るといい。乗船の手配はしておく」


「助かるよ。じゃあ、明日」


 麻乃はすぐにこの場を離れた。

 荷物をまとめろと言われても、自宅を焼いてしまって麻乃にはなにも残っていない。

 手もとにある、この炎魔刀と、砦に隠した紅華炎刀があれば十分だ。


 森を抜ける途中に咲いていた菊の花を手折り、誰もいないのを確認してから両親の墓を参ると、そのまま馬を持ち出して、西浜へと向かった。

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