第52話 女戦士たち ~麻乃 1~

 左腕の痺れも耳の痛みも消えたけれど、体じゅうに感じた不快感はなかなか消えない。

 ゆっくりと森の中を見回した。

 シタラの姿はどこにもみえず、麻乃はホッとため息を漏らした。


 中央へ向けて歩みを進めながら、修治の気配をたどろうとしたとき、ルートからざわめきが聞こえてきた。

 気配を殺してルート沿いの大木に飛び乗り、行き交う戦士たちを見下ろす。


 木々の枝が邪魔をして、すべての様子はわからないけれど、修治と鴇汰がいるのが確認でき、修治の部隊の川崎が、東区で火の手が上がったと言ったのが麻乃の耳に届いた。


(馬鹿な……火をかけるなんて……一体、誰がそんな真似を……)


 誰かが「同盟三国のやつらはなにを考えてるんだ!」と叫んだ。


(同盟三国がやったことだというのか……?)


 西浜に上陸したロマジェリカ軍は、ここから正反対の東区までわざわざ行くとは思えない。


 やったのは誰だ。


 またざわめきが響き、何台もの車がルートを抜けていった。どうやら東区へ消火に向かうらしい。

 それを見送ってから木々を飛び移り、森の中へ戻ってきた。


 なにがどうなっているのかわからず困惑していると、修治と鴇汰の気配が近づいてくるのを感じた。

 きっと麻乃を追ってきているのだろう。

 それならば、もう少し先へと進み、邪魔の入らないところで迎え撃ってやる。


 しばらく進むと、テントが見えた。

 中から大きな荷物を背負った男たちが出てきた。

 西区の道場の師範たちだ。その中に市原と塚本の姿もみえた。


 どうやらここを拠点にしていたらしい。

 荷を背負って出ていくということは、この先にも同じように拠点を設けた場所があるのだろう。


 移動していく後をつけて、しばらく進むと思ったとおりテントの張られた拠点があった。

 市原が中に声をかけると、同じように荷を背負った男たちが出てきて、また先へと向かっていった。


(浜から徐々に引き上げて中央で集結するのか)


 ルートからはまだわずかにざわめきが聞こえてくる。

 様子を見に近づくと、ロマジェリカ兵を相手にしている里子と香織の姿があった。


 大規模の襲撃で気圧されたのか、動きが鈍い。

 すぐ後ろまで迫ったロマジェリカ兵にも対応しきれていない。

 麻乃は舌打ちすると、森から飛び出して里子の背後に立ったロマジェリカ兵を斬り倒した。


「麻乃隊長――!」


 里子の声に香織も振り返った。


「よそ見をしている場合か! これは演習じゃあなく実戦だ! あんたたちが相手にしているのは敵兵だ!」


 どのロマジェリカ兵も目がしっかりしている。

 暗示にかかった兵はいないようだけれど、顔に覚えはない。

 麻乃につけられた兵たちではない。


 叱咤されて士気が上がったのか、ほどなく里子も香織もすべての敵兵を倒しきった。

 麻乃に向かって駆けてこようとした里子を、香織が腕を取って引き留めた。


「――麻乃隊長、小坂さんや杉山さんはどうしたんですか?」


「香織……あんたも小坂と同じで修治の味方か?」


「誰の味方とか、そんなことじゃあないでしょう! 浜にいたほかのみんなはどうしたんですか!」


「……あたしがここにいること、それが答えだ」


 香織が刀を構えた。

 二人とも洸とは違い、立派な戦士だ。

 今、麻乃が見逃したとしても、大陸侵攻を目論んでいるならば、どのみち刀を交えることになるだろう。


 それが早いか遅いか、違いはそれだけだ。

 それならば――ここで倒すしかないだろう。

 こんなところで怪我を負うわけにはいかないのだから。

 夜光を抜き放った瞬間、豊浦と修治の声が響いた。


「麻乃隊長!」


「麻乃! やめろ!」


 夜光を下から掬い上げて香織の脇腹を滑らせ、そのまま里子の肩口から振りおろした。

 倒れていく二人を尻目に、夜光を納めると駆けてきた豊浦と矢萩の脇を通り抜け、拠点とは反対の森へと逃げ込んだ。


 今はまだ、修治と対峙するわけにはいかない。

 騒ぎが起きれば、市原や塚本も戻ってくるかもしれない。

 なるべくなら人のいない場所で修治を倒し、鴇汰から鬼灯を奪い取る。


 修治はすぐに追ってくる様子はなさそうだ。

 しばらくはルートの様子を見ながら、中央へ向かって進むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る