第49話 女戦士たち ~比佐子 1~
襲いかかってくる庸儀の兵を相手にしながらも、比佐子の頭の中では嫌な想像ばかりが浮かんでいた。
東区のほぼ全員が、今は居住区に避難している。
どうあっても例え死んでも、この先へ一歩たりとも敵兵を入れてはならない。
そう思いながらひたすら戦った。
麻乃が部隊を立て直したときに、演習に参加したのは幸いだった。
あれがなければ、こうまで動けなかったかもしれない。
(それにしても、あの女……!)
真っ赤な髪をした庸儀の女は、突然大勢の兵を従えて東区に襲撃をかけてきた。
東区には、海岸がないけれど狙われる可能性がまったくないとは言えない。
だから他の区よりも武術や剣術に長けた師範が集まっている。
戦士と違って、一対一では敵わなくても多対一でなら十分に渡り合えるだろう。
現に今のところは、居住区への侵入は防げている。
赤髪の女は、簡単に制圧できると、高を括っていたようで思うように進軍できない苛立ちをあらわにしていた。
「面倒だわ。これだけ豊かなら、ここがなくなったところで困りやしない! こいつらごと焼き払ってしまいな!」
癇癪を起したようにそう言い放ち、そばにいた庸儀の兵が、訓練所のある森に火をかけた。
乾いた枯葉や小枝はあっという間に燃え上がり、それを目にした師範たちの注意力がそちらに引きつけられてしまった。
(あんなに一気に火が上がるなんて……! こいつらなんてことを……!)
敵兵を相手にしていては、消火活動もままならない。
三日月の印が出た一般の人々は、ただでさえ初めての実戦に不安を抱いているのに、更に不安を煽られてしまった。
萎縮していく心を表すように、段々と押され始め、比佐子でさえ後退を余儀なくされている。
赤髪の女の言葉が下がりつつある全員の士気に、更に追い打ちをかけた。
「泉翔の士官は始末した! あんたたちがどんなに足掻こうと、この国はもう終わりだ!」
ジャセンベルへ向かった修治と岱胡以外、戻っていないことは比佐子の耳にも当然ながら入っていた。
昨日は鴇汰が戻ったことも、どうやら麻乃が無事であることも聞いた。
それ以外……穂高も巧も、未だ戻ってこない。
ヘイトと庸儀へ向かった船は、船員だけが戻ったと聞いている。
(こんなときに……穂高のバカ! なんだって戻ってこないのよ! 本当に……まさか本当に……)
穂高の両親も義姉たちも、どこか諦めたふうだった。
比佐子だけが穂高は絶対に戻ると言い張っていて、一人取り残された気分だ。
焦る思いをどうにか鎮めようと、ただひたすら庸儀の兵を倒していった。
車の上に立ち、白いドレスと赤い髪をなびかせた女の姿はひどく目立っていて、つい視線を向けてしまう。
何度目かのときに、敵兵が赤髪の女に駆け寄り、なにかを囁いていた。
それにうなずくと、大きな声を張り上げた。
「徹底的にやってやりな! さっさと全滅させておやり! 私はあの刀使いと小娘を始末しに西側へ行くわ!」
戸惑い圧されている姿をあざ笑うかのような高笑いが響き、それが比佐子をますます苛立たせる。
それに……。
刀使いと小娘というのは、修治と麻乃のことだろうか?
あんな女に後れを取るとは思えないけれど、妙に不安が沸き立つ。
赤髪の女は数人を引き連れ、そのまま中央へのルートへ向かって走り出した。
脇道に気づかなければ、西浜へはそう簡単にたどり着けないはずだ。
目が行先を確かめようと、車を追ってしまう。
視線を外したところを狙ってか、敵の剣が比佐子の二の腕を掠めた。
(余計なことを考えちゃあいけない! 今は目の前の敵兵を倒すんだ!)
そう思っていても、体が重く思うように動けない。
戦士だったころには考えなかったようなことが頭に浮かび、どうにも離れない。
徐々に勢いを増している火の手も心配だ。
逃げ道を塞がれて、本当に全滅させられてしまうかもしれない。
もう、どのくらいの時間、戦い続けているだろう。
誰も欠けたりしていないだろうか?
『鍛えたりしないの? 道場に通うとか……』
いつか、麻乃と二人でお茶を飲みながら話したことを思い出す。
戦士を引退したから、もうそんな必要はないだろうと、あのときは軽く聞き流してしまったけれど……。
(あぁ……もう! こんなことなら普段から道場に通っていれば良かった。こんなにも鈍っているなんて……)
自分でもわかるほど、注意力が散漫になり、体力を消耗している。
息が上がって苦しくて仕方がない。
目の前の敵兵の攻撃によろめき、受けた剣を押し返すこともできなくなっていた。
(このままじゃあ、やられる……!)
目を閉じて力一杯、押し返そうとしたとき、比佐子の脇をなにかが空を切って通り抜けた。
辛うじて剣を押し返し、数歩下がった敵兵は、比佐子が攻撃を仕かける前に槍で貫かれて倒れた。
耳もとに聞き慣れた声が届く。
「比佐子、無事か?」
振り返った先には穂高の姿があった。
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