第45話 憂慮 ~鴇汰 1~

 洸が目もとを拭いながら、小坂に呼びかけている。

 急いで駆け寄り、修治が小坂の頬を何度か打つと、小さく唸ったあと意識を取り戻した。


「小坂……無事で良かった……穂高、砦の上に茂木がいる。そっちも確認を頼めるか?」


「わかった」


 穂高がレイファーを連れて砦に上がり、茂木の様子を確認しているあいだに、鴇汰はおクマと松恵の様子を見た。


 二人とも息はあるけれど、どうにも目を覚まさない。

 怪我の程度がわからないから、無理やり起き上がらせるのも活を入れるのもためらってしまう。


「鴇汰、二人の様子はどうだ?」


「息はある。斬られた様子は……なさそうだけど、意識は戻らないままだな……」


「そうか……」


「修治さん! 茂木も無事だよ。意識はあるけど、肩の骨をやられてるようだ」


 穂高は砦の上からそう言うと、レイファーと二人で茂木を担いで降りてきた。


「安部隊長……長田隊長まで……すみません、俺は……」


「無理に喋るな。それより小坂、怪我はどうだ?」


「大丈夫です。ただ……ひどく痛みますが……」


 小坂は苦笑いでそう言うと、背を丸めてみぞおちの辺りを擦った。


「あのとき、俺は斬られると思いました。けど、麻乃隊長は……俺、見たんです」


「なにを見たのよ?」


 修治の後ろから覗き込んで問いかけると、小坂は顔を上げて鴇汰の目を見返してきた。


「麻乃隊長は、きっと本当に俺を斬ろうとしたんです……なのに直前で刀を反したんです……反したんですよ、長田隊長……」


「……当然だろ。あいつにおまえたちは殺せない。操られてようがなんだろうが、絶対に、だ」


「峰打ちで止まったってことか……なんにしても良かった……」


 小坂は堪えきれなくなったのか俯いて目もとを拭っている。

 言葉を詰まらせたまま黙ってしまった修治に穂高が寄り添い、また傷に回復術を施している。


 ここへ着いたときには、全員死んでしまっているんじゃあないかと疑ったけれど、どうやら全員、重くて骨折で済んだようだ。


 それに対して修治のほうは、怪我の程度がひどい。

 麻乃と対峙したときも、鴇汰自身と修治の命を絶ちに来ていたふうに感じた。

 ただ、そう感じただけで、実際には鴇汰も修治も無事でいる。


「本気で死なせるつもりなら簡単にできたのに、それをしなかった。あんたがさっき言ったなにかが妨げになっているから……だからか?」


「そうかもしれない。だがすべて憶測に過ぎない。確証がない以上、やっぱりあいつは……」


「マドルの野郎が暗示で泉翔が禁忌を犯したように見せた。それは確かだろ? そんであいつを斬ったのが俺だってことで、あんた一体、なにがわかったんだよ?」


 修治は一瞬、鴇汰を見てから銀杏の木に視線を向けた。

 なにかをためらっているようで黙り込んだままだ。

 穂高の後ろでずっと様子を窺っているだけだったレイファーが、じれったそうな表情で口を挟んできた。


「俺たちがここへ来るまでになにがあったのかはわからない。長田にしても、すべてを知っているわけじゃあなさそうだ。そうだな?」


「そりゃあ……俺が着いたときにはもう修治と洸以外は倒されてたし、修治はあんな怪我だし……」


「安部、すべてを知るものがおまえだけである以上、なにもかも話せ。こんなところでのんびりしている暇がないことは、おまえが一番良くわかっているはずだ」


 そうだ。

 レイファーの言うとおり、のんびりしている場合じゃあない。

 けれどそれを指摘されるのは納得がいかず、ムカムカと込み上げてくる感情を必死に抑えてレイファーを睨んだ。


「あいつは……一番裏切られたくない仲間に裏切られたと思い込んでいる」


「俺たちが先導して禁忌を犯したように、そう見せられたから?」


「ああ。穂高のいうように俺たちが先導しているように見えたんだろう。そしてあいつの中で燻っていた思い出したくない記憶を、恐らく俺の言葉で突きつけられた」


「思い出したくない……って……」


 修治の手が脇腹に触れるのを見て、ハッと思い出した。

 サツキに会いに行った日に聞いた修治の古傷の話しだ。

 穂高や小坂はなんの話しかわからないせいか、戸惑った顔で修治を見つめている。


「あいつは既に思い出していた。多分、相当前からだろう。俺はそのことにまったく気づけずにいた……」


「けど、麻乃のやつは……」


「責められ、撃たれ、傷つけられたうえに命まで奪われるところだった。おまえにまで、と絶望したはずだ」


 修治の目が真っすぐに鴇汰を見ている。

 最後まで行動を共にしていた相手にまで裏切られたと知って、麻乃が絶望を感じたんだとしたら……。


「だとしたら、あいつはなんの迷いもなく覚醒したんじゃないか? 思惑を簡単にたたきつぶすくらい強固になるだろ?」


「だから、なにかが妨げになってると言ったんだ。それがなにかはさすがに俺にもわからない。あいつの胸のうちまでは知りようがないからな」


 ようやく修治の出血が止まったのか、穂高はかばんから薬を取り出して傷に塗り込み、新しい布で巻き直した。

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