第104話 漸進 ~徳丸 1~

 庸儀で問題が起こったらしいと連絡が入ったのは、サムが戻った翌日だった。

 出航を翌日に控えてなお、物資の不足が補えきれず、ヘイトへ早急に追加で調達するようにとの連絡が入ったそうだ。


 おかげで庸儀とヘイトの出航が、丸々一日、遅れた。

 梁瀬の元へ来た穂高からの連絡では、ロマジェリカは予定通り出航すると言う。


「先に出ても、まさか先に上陸するわけじゃないだろうから、近海で停泊するだろうね」


「あぁ。枇杷島か月島辺りで時間を合わせるんだろうな」


「ヘイトも物資を送り次第、出航するようです。庸儀は届いてからの出航でしょうから、庸儀が外海に出るのを待ってから、仕かけることになります」



 一日の猶予ができたことで、ジャセンベルの状況はやりやすくなったと穂高は言う。

 ヘイトに向かったサムのほうも、タイミングがずれたものの、庸儀が出航するまでに動く時間が取れたのはありがたい、と言っていた。


 ハンスが来てからはサムとの連絡も密に取れ、すべての状況が徳丸の下へもちゃんと流れてくるようになった。

 おととい、昨日などは、反同盟派の若者を通じてのやり取りだったため、徳丸と梁瀬も反同盟派の連中も、否応なく時間のロスを感じさせられた。


 徳丸から見れば、梁瀬とサムが直接、連絡を取り合うのが一番手っ取り早いと思うのだけれど、どちらも直接のやり取りを頑として拒絶してくれた。


「まったく。数少ない身内だと言うのに、互いに牽制し合ってどうする」


 ハンスが式神を通じて懇々とサムに諭しているのを、徳丸は聞いていた。

 それに関しては同じ思いを抱いていただけに、徳丸自身も梁瀬に同じことを言って聞かせたのだけれど、こんなときにかぎって梁瀬は持ち前の頑固さを前面に出してきて、話しをまるで聞こうとしない。

 最後には徳丸もハンスも諦めて、今の状態に至っている。


「庸儀の城に残る兵数は二万程度だ。国境沿いに一万、合わせて三万。対してこちらは兵数を削がれたとは言え、六万はいる」


「通常であれば、兵数の差で被害も少なく抑えられますね」


 徳丸の答えにハンスがうなずく。

 聞けば庸儀に残るのは、士官兵が多いと言う。雑兵ばかりが残ると思っていたのに意外だ。


「ほぼ全軍を伴っていくのだ。勝てる戦いだと思ったのだろうな」

「わざわざ危ない思いをして海を渡るより、ここに残って朗報を待てばいい、そう思ったわけか……」


 相手が士官クラスとなると、そこそこに戦える連中だろう。

 数に差があっても手応えが違うかもしれない。

 そのあたりを踏まえたうえで、ジャセンベルから二万程の援軍が送られてくるそうだ。


「こちらにも庸儀の出奔兵がいましたよね? 誤ってこちらがたたかれてしまうような恐れは……?」


「案ずることはない。ジャセンベルの援軍は、国境沿いに詰めている兵の一掃に止まるからな」


「だとすると、城まではなんの障害もなくたどり着けますね」


「そういうことになる」


「しかし、ヘイトのほうはどうなんです? あちらは庸儀より多くの兵が残っているとか。国境沿いも二国より多く拠点が設けられていましたよね?」


 ハンスはククッと含み笑いを漏らした。

 その姿は、身内だけあってサムにそっくりだ。


「ヘイトは動かぬよ。もちろん、国境を固めるために送られてきたロマジェリカや庸儀の兵もおるが」


「それじゃあ、そこから動かれたら……」


「そのほとんどがジャセンベルの国境沿いを固めておる。それをジャセンベルが放っておくはずがなかろう?」


 そこもジャセンベルが動くのか。

 徳丸は背筋が薄ら寒くなった。

 ジャセンベルには一体、どれほどの兵数があるのだろう?


 もしも泉翔が大陸と一つであったなら、ひょっとすると簡単に落とされていたんじゃあないだろうか?

 これまで泉翔は、海に阻まれていたことで無事でいられただけなのかもしれない。

 防衛だなんだと多くて高々数万程度の敵兵を相手にして、どれほど自分が思い上がっていたかを思い知らされた気がした。


 それでも、これまで培ってきた経験は決して無駄ではないと思う。

 泉翔においてできなかったことが、今、大陸で試されようとしている。

 思いは強く前を向いているのに、それに反して手の震えが止まらないままでいた。

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