第85話 接触 ~巧 2~

 どの国が正しくて、どの国が間違っているなどと、一概には言えないと言う。

 どの国にとっても、他者から見て間違っているというようなことであろうとも、そのやりかたがそれぞれの正義なのだと。


「私にも私の正義がある。それを貫いてきたつもりだ。けれど今回は少し特殊だ……なにしろすべての国が関わってくるからね」


 だから巧たちに手を貸すこともする。

 それは鴇汰に対しても同じことだし、ジャセンベルや他の国へも必要とあればそうするとクロムは言う。


 それは助力を求められれば、相手がだれであろうと手を貸し、情報を与えるということだろうか?

 仮にそれが、ロマジェリカの若い軍師だったとしても……?


「けれどね、私も事の善し悪しは判断しているつもりだ。私が良しと感じた相手にしか、協力などはしないから安心しなさい」


 クロムの言葉に巧はホッと溜息がもれた。

 必ずしも敵であるものと同等の条件ではないのなら、そこに勝機も見出せる。


「明日にも彼らと連絡を取り、キミたちと引き合わせる手はずを整えよう。連絡のやり取りは、そのときに決めるといい」


「ありがとうございます」


「これから、キミたちも忙しくなるだろう。けれどくれぐれも、無理はしないように。まだ怪我も完全じゃないんだからね」


「でもクロムさん、鴇汰は……鴇汰の回復はどうするんです?」


 穂高がクロムに問いかけた。

 その口調から、どれほど心配しているかが伺える。

 忙しくなれば当然、鴇汰を診る時間は減ってしまう。

 事が起こるときまでに、鴇汰は回復するんだろうか?

 放っておくなど当然できないし、回復を待ってすべてが後手に回るようでも困る。


「鴇汰くんは、明日には意識が戻ると思う」


「本当ですか!」


「そうは言っても、まだ良くない状態だけどね……あと三日はかかるかな……」


「良かった……それでも、意識が戻るほどに回復してるなら……本当に良かった……」


 穂高がそう言って鼻をすすった。


「鴇汰くんに飲ませている薬の効果があるとは言え、これからは、この家の中での行動は慎重にしないといけなくなるね」


「そうですね。私たちも十分に気をつけるようにします」


「回復を頼みたいときには、私から声をかけるようにしよう。直前に少し強めの薬を飲ませておくから」


 そう言ったクロムの表情が、妙に楽しそうに見えた気がして、巧は苦笑した。

 一つずつ心配事が減り、わかることが増えていく。

 まだまだ手探りな部分は大きいけれど……。

 梁瀬も、消化不良気味の顔をしている。


「今夜はもう休んで、明日は少し早めに起きて準備をしよう。いろいろと準備もあるし、なによりまだ、キミたちに伝えておかなければならないことが山積みだ」

「はい」


 クロムに促されて、席を立った。

 翌朝は早い内に目が覚めた。

 梁瀬はもっと早くに起き出していたようで、ベッドは脱け殻だ。巧も身支度を整えると部屋を出た。


 テーブルでは、梁瀬が本を読みふけっている。

 調理場ではクロムが朝食の支度をしていると言うのに。

 軽く梁瀬をたしなめてから、クロムの手伝いをした。


「いいんだよ、もう済むから。それより今日は忙しくなるんだ、少しのんびりしているといい」


 そう言われてしまい、仕方なくテーブルにつく。

 梁瀬が熱心に見入っているのは、どうやら術にまつわる本のようで、時折なにかを呟いては手にした杖を揺らしている。


 話しかけるのも悪い気がして、巧はぼんやりとクロムの後ろ姿を眺めた。

 顔立ちや体格は似ていないけれど、立ち居振舞いが鴇汰と良く似ている。


 十数分、そうしていると、徳丸と穂高も起き出してきた。

 待っていたかのように食事もできあがり、全員がテーブルへつくと、食事をしながら今日の予定をクロムに指示された。

 今後のことを考えて話しがスムーズに運ぶように、協力をし合えるものたちをできるだけ多く集めたと言う。


「私は鴇汰くんの事情もあるから顔を出せないけれど、昨日、キミたちが顔を合わせた方々も見えるから、その辺は心配は要らないよ」


「わかりました」


「もう少ししたら、昨日話した泉翔の血を引くかたが、迎えに来てくれることになっている」


 ここでクロムが引き合わせてくれたうえで、全員が集まる場所まで、送ってくれる手筈になっているらしい。

 まったく不安がないわけではない。

 けれど今、為すべきことを一つずつこなしていくのが、泉翔を守ることに通じると思えば、恐いものなどなにもないと思えた。

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