第75話 潜む者たち ~梁瀬 3~
三人がたわいのない会話を始めても、梁瀬はその中に混じる気になれないでいた。
まさか、あのあとずっと一人で鴇汰を診続けていたんだろうか?
塩で味を付けただけのような、野菜と魚を煮込んだスープをノロノロと口に運ぶ。
質素な見た目と違って、とてもおいしい。
どこかで食べたことがあるような気がして確かめるように何度も味わってハッと気づく。
「あ、そうか……鴇汰さんの作ったものと似てるんだ」
誰に言うともなしに呟いた言葉に穂高が反応した。
「そうそう。鴇汰の料理はもともと、クロムさんが仕込んだからね」
「へぇ、そうだったの?」
「うん。俺と知り合ったころなんて、鴇汰のやつは料理にしか興味がなかったから。道場にも通ってなかったし」
穂高が笑いながら昔話をするのを聞きながら、一人食事を続けた。
泉翔では小さいうちから誰もが道場に通っていて、ロマジェリカから移ってきた梁瀬や他の子どもたちも、それにならってそれぞれがなにかしらの道場へ通ったものだ。
鴇汰がそれをしなかったのはなぜなのか。
疑問に感じて穂高にそれを聞いてみた。
「なんかね……クロムさんが嫌がったようなんだよね。ハッキリ聞いたわけじゃないけど、鴇汰はクロムさんが大陸に戻ってから、本格的に通い出してバレるのをひどく嫌がっていたなぁ……」
一年後、大陸から戻ったクロムにとうとうバレたときには、たしなめられても根気良く説得を続けたらしい。
「そっちのほうが今の鴇汰に近いイメージね。夕べの話しだと、どうもピンと来ないけど」
「うん。そうだね」
「変えたきっかけが、ヤッちゃんにあるんだとしたら、大したものじゃないの」
巧はそう言うけれど、その方がピンとこない。
術をちょっと見せただけでそうまで人を変えられるとは、どうしても思えない。
「夕べの話しってのはなんのことだ?」
徳丸が口を挟んできて、巧がクロムから聞いた話しを聞かせている。
「私は鴇汰が蓮華になってからのことしか知らないけれど、今のあの子からは想像もつかないじゃない? 内向的だったなんてさ」
「そうかも知れないけど考えてみると、確かに知り合ったばかりのころは無口だったよ。ただ黙々と家のことや料理をしてるだけって感じだったな。楽しそうではあったから苦ではなかったんだろうね」
「そうなの? なんだか意外ねぇ……なにがあるとそんなに変わるのかしら」
「多分あれだよ。うん、きっとそうだ」
巧の疑問に、なにかを思い出した穂高がニヤニヤと笑いながら呟き、巧が眉をひそめて軽く睨んでいる。
「なによ? 思い出し笑いなんて
「だって……あいつを変えたのは、きっと麻乃だ」
「麻乃さんが?」
「あんたたち、そんな昔から知り合いだったの?」
「違う違う。そうじゃないんだ」
たまたま鴇汰と知り合うことになってから、穂高は道場に誘うためにせっせと顔を出した。
鴇汰はいつも快く迎えてくれるけれど、道場への誘いだけは拒み続ける。
一年経ってもまったく首を縦に振らず、最後に地区別演習へ鴇汰を連れ出し、それで駄目なら諦めるつもりでいた。
演武の最終に間に合い、遠目で舞台を見たときに、鴇汰の目の色が変わった。
そのときに演武を行っていた一人が麻乃で、どうやらとても興味を持ったらしいのが、手に取るようにわかった。
その直後から鴇汰は通いはせずとも道場へ顔を出し始め、八歳になったときにクロムが一時的に大陸へ戻ってから、本格的に通うようになった。
「物凄いやる気でさ、四年も差があったのに、あっという間に上達して追いつかれたよ」
穂高がそう締め括ったあとを継ぐように、背後から声がした。
「まったく……穂高くんは本当に、とんだ伏兵だったよ」
振り返るとクロムが入り口に立っている。
少し意地悪な表情で穂高を見ると、その向かい側に腰を下ろした。
「二人を一緒にすると、いつかそうなるような気がして、できるだけ遠ざけようといろいろと意地悪までしてみたけれど、穂高くんは最後まで粘ったからねぇ」
「やっぱり! あのころの悪戯は全部、そういうつもりだったんですね」
穂高はまったく気にする様子もなく、そう答えて笑っている。
クロムのほうも、今では穂高を認めて信頼しているようだ。
「私はね、鴇汰くんをそういう場所へ近づけたくなかったんだ……まぁ、結局はあの子自身が見つけてしまったわけだから、認めてしまったけれど……」
鴇汰が自分の生きる道を見つけ出したことの、なにか引っかかるのだろうか?
うつむいた表情が、わずかに陰ったように見えたけれど、顔を上げたときにはクロムは笑顔に戻っていた。
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