潜む者たち
第73話 潜む者たち ~梁瀬 1~
なんとなく眠れない。
疲労感はあるのに、気になることが多過ぎる。
母の言っていたロマジェリカの巫女が、まさか鴇汰の母親だとは思いもしなかったし、クロムが両親を知っている口振りだったのも気になる。
西区に住んでいた知人というのは、両親のことで間違いないだろう。
実家を訪ねたとき、母は息子さんの所在を濁したけれど、クロムと繋がりがあるならば、それが鴇汰であることに気づかないわけがない。
なのにどうしてハッキリと言わなかったんだろう?
『後の一人は、大切なものを守るため、世を捨て、隠遁しています』
母の言葉が甦ってきて、思わず飛び起きた。
(まさか三人の賢者である最後の一人……?)
無傷とは行かなくても、たった一人で落下していた梁瀬たちを助け出し、鴇汰までも連れ帰ってきた。
特に術を振るっているように見えないのに、人にしか見えない容姿の式神を自在に操ってもいる。
薬師だと自分で名乗るだけあって薬草にも詳しいし、回復術が苦手だと言いながら、梁瀬たちの誰より長く使っているじゃないか。
鴇汰の回復ぶりからしても、その強さだって容易に想像はつく。
この家のある場所も、きっと人の来ない森の奥だろう。
これを隠遁と言わずになんだというのか。
大切なものというのは品物だと思っていたけれど、それは物ではなく人で、鴇汰のことだったのか。
一体、なにから守ろうというんだろうか。
三人が目を覚ますまでのあいだにクロムとはいろいろな話しをした。
そのほとんどが今回の経緯と鴇汰の話し、回復に関する術や薬草のことだったけれど、どうしてもっと早くに伝承の話しをしてみなかったのだろう。
大陸に来てからずっと、そのことばかりを考えていたと言うのに。
(もしもクロムさんが母のいう賢者の一人だとしたら、残りの二人がなぜ亡くなったのかを知っているだろうし、例のロマジェリカの暗示についてもなにか知っているに違いない)
聞きたい。
知りたい。
そう思うのに、どうもうまくはぐらかされたふうで気が落ち着かない。
なにも語るつもりはないのだとしたら、自分で探す以外に答えはないのだけれど、目の前に小出しにされた情報のせいで、つい近道を手繰ろうとしてしまう。
まるで目の前に餌を吊り下げられて、それをほしいがために走り続ける動物の気分だ。
それに他にも気になることがある。
『明日、ここへ二組の来客がある』
一体、誰が来るというのだろう?
巧が毎年ジャセンベルでしていることは知っている。
けれど梁瀬はヘイトに対して特別ななにかをしたわけじゃあない。
単に母親がヘイト出身だと言うだけだし、今年だってたまたま割り当てられてきただけで、なにができるわけでもないのに……。
フーッとゆっくり深く鼻息をついた。
「眠れない?」
暗闇の中で巧の声が問いかけてきた。
つと視線を向けると横になったままこちらに背を向けている。
反対側からは徳丸と穂高の寝息が聞こえてくる。
二人は相当疲れているのか起きる様子はなさそうだ。
「……うん。まぁね。巧さんも?」
「眠りが浅いみたいですぐ目が覚めちゃって。疲れているせいかしらね」
ゴソゴソと衣擦れがして巧が動いた。
起き上がりはしないけれど仰向けになっている。
「考えることがあり過ぎて、なにから手をつけたらいいのかわからないせいもあるのかしら?」
「点々と穴を埋めている気はするんだけど、なかなか繋がらないよねぇ」
「足りないのよ。色んなことがさ。私らみんな防衛だなんて言って守備一辺倒で、情報収集をおろそかにしていたから……泉翔以外の変化に気づかず沢山のことを見過ごしていたんだわ」
もっと早くに島以外のことにも目を向けるべきだったと、悔しそうに巧は呟いた。
いつか庸儀が攻め込んできて、初めて赤髪の女を見た日にも同じようなことを言っていた。
そのときは、なるほど、と思っただけだったけれど、今はそれが痛いくらいにわかる。
なんの疑問も持たずに、大陸からやって来る敵兵を淡々と追い返すことに慣れ過ぎていた。
大陸の各国が手を組んで仕かけてこようなどと考えもしなかったのは、自分たちの甘さだ。
「これからどうするか……まずはそれを考えなきゃいけないんだけど、鴇汰がねぇ……」
「うん。放ってはおけないし、麻乃さんがロマジェリカに連れ去られた以上は、一日も早く泉翔に戻らないといけないとも思う」
「けどさ、クロムさんは私らをすぐに帰す気はなさそうじゃない?」
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