第63話 鴇汰 ~鴇汰 6~

 堤防までたどり着き、全員がそれぞれに散って身を潜めた。

 数時間前に見たときと違い、砂浜に多数の敵兵が並んでいる。

 所々に火が焚かれ、その姿を浮かび上がらせていた。


「まさかやつら、もう動きだすつもりじゃ……」


 隣に潜む橋本が小声で呟いた。


「大分数がいるけど、ここで足止めできないほどじゃねーな」


「そりゃあ……福島たちもいますしね」


「動きだしたら、それを合図に一気に飛び出すように他のやつらへ伝言を回せ。そのあとは相原に従うんだ。いいな?」


 橋本は鴇汰をジッと見つめ、ためらいがちに目を伏せると、返事もせずにそのまま駆けていってしまった。

 いろいろと言いたいことがあったんだろう。

 諦めに近い目の色が、さっきの相原と被る。


 敵兵に視線を戻し、目を凝らして並んだ姿を眺めた。

 これまでの戦いのほとんどがジャセンベルで、ヘイトと当たることは少なかった。

 力任せのジャセンベル兵とは違って術師が多いと岱胡が言っていたのを覚えている。


 もしも戦っている最中に術を繰り出されたらどうなるんだろうか?

 演習などでは梁瀬の術にいつも惑わされていた。

 どうやら鴇汰はかかりやすいらしいとわかっている。

 マドルのときもそうだった。


 どんなに考えたところで死に物狂いで動くだけだ。

 それ以上はどうにもならない。

 腹を括ったそのとき、敵兵が動きだした。


「動いた! 行くぞ!」


 堤防を飛び越えて砂浜に降り立ち、敵陣へと乗り込んだ。


「行け! 走れ!」


「迎えずに一気に畳みかけろ!」


「深追いはするな! 危ないと感じたら一歩下がるんだ!」


 あちこちで怒声が飛ぶ。

 鴇汰の隊を左手に、穂高の隊員たちは福島たちの援護を受けやすいように右手に向かわせた。


 ヘイト軍もこちらが動くとは思っていなかったのか、すぐに隊列が乱れた。

 それでも兵数の多さが乱れをカバーしている。


 しかもまだ船にはかなりの兵が残っていたようで、次々にあふれ出てきた。

 あとから出てきた敵兵はやっぱりどこかおかしく、なんのためらいもなくただ闇雲にこちらへ向かってくる。


「くそっ! 邪魔だ!」


 虎吼刀を思いきり横へ斬り流し、勢いで三、四人を吹っ飛ばしても、腕や足、腹などに大きな怪我を負った程度では怯まないのは本当に不気味だ。

 ただ、ロマジェリカで遭遇した敵兵とは違って、致命傷を与えると起き上がってこないのが救いだろうか。


「手加減はするな! 確実に仕留めるんだ! でないとこいつら起き上がってくる!」


 近くの隊員に呼びかけると、すぐに他の隊員にもそれが伝わっていった。

 ざっと海岸を見渡して、確実に敵兵が減り始めていて安堵した。

 多少の怪我を負うものがいるかもしれないけれど、この様子なら誰かが欠けることはない。そんな気がする。


 敵兵を薙ぎ倒しながら、今度は注意を払って辺りを見る。

 どんなに人の姿が多かろうと、麻乃のことは見わけられるつもりだ。

 それなのに、いくら探しても姿が見当たらない。

 焦りを感じ始めたとき、鬼灯がやけに大人しいことに気づいた。


(あんなに人を急かしておきながら、今度はだんまりか? 一体なんだってんだよ?)


 完全に優位に立っている。

 あとは麻乃を迎えるだけだ。


 勢いを増す思いとは裏腹に、体が少しずつ重く感じ始めた。

 近くで戦っている隊員も同じなのか、動きが鈍くなり、敵兵に圧されている。

 駆け寄ろうと出した足までも重い。


(ヤバい……やっぱり術師がいやがるのか?)


「――敵の援軍だ!!」


 誰かの叫びが響き、海上に目を向けると、先の船のすぐ後方まで敵艦が迫っているのがわかった。

 敵兵の士気が上がり、味方の部隊に焦りが広がる。


「あわてるな! まずは目の前の敵兵に集中しろ!」


 そう言ってみたけれど、鴇汰でさえ焦っている状態のうえに、体もまともに動かない。

 前方で数人を相手に立ち回っている隊員の背後に迫った敵兵を、虎吼刀で下から突き上げて胸もとを貫き、引き抜いた勢いで隣の兵の脇腹を切り裂き倒す。


 近距離で銃声が聞こえ、そばにいる敵兵を盾に身を庇うだけで手一杯になり、苛立ちが湧いてくる。

 咆哮に近い敵兵の声が海岸中を覆い、異様な雰囲気をかもし出していた。

 波打ち際に近い場所でなにかが起きたらしく、突然、銃声が止んだ。


「なんだ……? なにが起きた?」


 騒ぎの起きているらしい場所へ視線を巡らせても、鴇汰の位置からはなにがあったのかまでわからない。


「長田隊長!」


 隊員の声で背後の殺気に気づき、ハッとして身構えた。


(しまった! やられちまう……!)


 振り向きざまに、虎吼刀を掲げようとしたけれど、視界の端に迫った影が近過ぎて間に合わない。

 体当たりをするように、肩に誰かの背中が触れた。


「ったく……こんな状況でぼんやりしてるんじゃないよ」


 聞き覚えのある声が鴇汰を叱咤した。

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