修治

第51話 修治 ~修治 1~

 砦の気配を確認しようと集中した途端、海岸のほうから銃声が響いてきた。

 全員が今きた道を振り返る。


「しまった……! やつら、もう動きだしやがったか……」


 舌打ちをして洸をおクマのほうへ押しやったものの、この場から修治と小坂が離れてしまって三人を残すことは危険だ。

 小坂も同じ判断をしたようで、砦に目を向けてからこちらを見た。


「安部隊長、俺が先に戻ります。とりあえず柳堀へ……適当なやつを掴まえて地図を持たせますから」


「わかった。頼む」


 海岸へと戻っていく小坂を見送る洸の顔が不安そうなうえ、刀の柄を握る手が震えている。

 不意に砦からの気配が濃くなり、修治は息を飲んだ。

 そこにいるのは一人だと確信した。

 溜息をつくと洸の肩をグッと掴み、しっかりとその目を見つめる。


「洸、おまえはお二人と一緒に先に柳堀へ行っていろ。数十分もすればうちの誰かがやって来るから、そいつらと一緒に中央へ向かうんだ。いいな?」


「ちょいとお待ちヨ。修治、アンタは一体どうするってのサ?」


 修治の態度におクマは不信感を抱いたらしい。

 腕を組み、厳しい目で修治を見下ろしている様子からすると、ごまかしは効かないだろう。

 だからと言って正直になにもかもを話せる状況ではない。


 言い澱んでいると、それまでずっと黙っていた松恵が、ずいとおクマの前に出て砦に目を向けた。


「あんたの態度からすると、砦に誰かいる、そんなところだろうねぇ?」


 そう言って早足で砦へ続く道を先へと向かい、その後ろをおクマも洸を引き摺るようにして歩き出した。

 呆気に取られて出遅れた修治は、そのあとをあわてて追った。


「ちょっと待ってください! こんな時間にこんな場所に、うちのやつらがいるはずがないんです。それがどういうことかわかってるんですか!」


 松恵の前に立ち塞がり、小声でまくし立てて言うと、二人は不敵な笑みを浮かべた。


「そんなの承知の上に決まっているでしょうが。大体、あたしらがここを離れたら、あんた一人でどうするつもりさね?」


「そりゃあ相手を確認して対応しますよ! 俺の心配なんて要らないんです。頼みますから洸を連れて柳堀へ……」


「七面倒臭いことを言ってんじゃないわヨ! とっとと相手のツラを拝んで倒しちまえばスッキリするってもんじゃないの」


 おクマの大きな手が修治を押し退け、二人は洸を引き連れたまま砦の前まで出てしまった。


 大銀杏の下に黒い人影がある。

 まだ数十メートル離れているけれど確認するまでもない。

 それが誰であるかは修治が一番良く知っている。

 顔は見えずともシルエットでわかったのか、おクマが声を上げた。


「麻乃ちゃん!」

 

 麻乃は返事もせず黙ったままでいる。

 駆け寄ろうとしたおクマの手を掴んで引き寄せ、松恵のほうへ押しやった。


「修治! なんだって止めるんだい! 麻乃ちゃんが帰ってきたってのに……」


「落ち着いて良く見てください! どう見たって様子がおかしいでしょう!」


 薄暗い中でもハッキリとわかる。紅い髪が際立って見える。

 大銀杏から離れ、数歩こちらへと歩み寄ってきた。

 上着が邪魔をして確認し難いけれど、二刀を帯びているのがわかった。


(炎魔刀か……)


 修治がつい獄の柄を握ると、麻乃の足がピタリと止まった。

 沈黙がやけに長く感じる。

 なにか言わなければと思うのに、言葉が何も浮かんでこない。


「一人で来ると思ったのに……保護者つきで来るとはね」


 抑揚のない声で麻乃はそう言った。


「……保護者?」


「しかもコブまでついてきてる……おとといと違ってわざと気配を消さなかったのに。ガッカリだよ」


「おまえ――」


「アンタなにを言ってるのヨ? 帰ってきたんでしょ? そうよね? そうじゃなきゃ、こんな場所に一人でなんて……」


 止めようとした松恵を押し退けておクマが飛び出した。

 修治を追い越したおクマの背中で視界がさえぎられた瞬間、物凄い殺気が辺り一帯に広がった。


 近寄るすべてを拒む意識を感じる。

 目の前のおクマが足を止め、後ろで洸が息を飲み込む音が耳に届いた。


「帰ってきた……? そうなのかな? ううん、少し違うよね……だってあたしは、するべきことのために戻ってきたんだから」


「同じことじゃないの! 今、泉翔は大変なのヨ! 大陸が攻め込んできて……」


 おクマの必死な訴えかけに麻乃はクッと含み笑いを漏らし、その姿に異様な苛立ちを感じた。


「だって、それは自分たちが招いたことじゃないか」


 だんだんと白み始めた空が、クッキリと麻乃の姿を浮かび上がらせた。

 ますます紅い髪が目につく。

 見慣れた濃紺の上着の下にロマジェリカの淡い黄色の軍服を着込んでいた。


 言いようのない感情があふれ出し、吐き気がする。

 もうなにも疑う余地はない。


 ――あいつは向こう側だ。


 そう確信した。

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