第26話 乱調 ~マドル 8~
近海に到着するのが昼ごろになるとすれば、上陸は昼を回る。
中央までの途中で夜を迎えることになるだろう。
今は陽の落ちるのも早い。
ルートは一本となれば進むことはたやすいけれど、泉翔側はどう出てくるのか……。
できるなら闇の中での混戦は避けたい。
山中になれば灯りもほとんどないだろう。
そんな中では同士討ちの可能性も出てくる。
「進軍中ですが……上陸の時間を考えると中央へたどり着く前に夜を迎えることになります」
「あぁ。俺たちは歩兵がほとんどだ。まして泉翔のやつらを相手にしながらでは、それも当然だ」
「まずは泉翔の出方を見てください。大陸では陽が落ちた後は一度退くこともありますが……あちらには地の利があります。退かずに攻めに徹してくるかもしれない。その時には当然こちらも応戦しなければなりません。ですが退くなら追う必要はないでしょう。こちらも近辺で身を隠し、日の出に備えます」
「無理に進む必要は――」
「ありませんが、もちろんそのまま進んでいただいても構いません。とにかく、一人でも多く中央へ通すことを優先したいのです」
全員がうなずく。
泉翔の内部は大体のことが頭に入っている。
地理関係はもちろん、主要の建物にどんな人物がどれだけいるのかも。
ただ、戦士に関してだけは計りしれない。
誰がどれだけの人数を従え、どれだけの兵総数があるのか。
丸っきり手探りにならないためにも、老婆が朽ち果てた後に使える存在を二名ばかり増やしてきたのだ。
それを使って麻乃の立場を侵し、修治の防衛を邪魔してきたけれど、戦士たちの詳細についてどうにも探り切れないままだった。
最初はマドルと麻乃さえ無事であればいいと思っていたのが、ここへ来て使える存在が増えると、それらをうまく回すためにもっと多くの情報を掴んでおきたくなる。
この数日、休息は十分に取ってはいても、あと数時間もすればヘイトから物資が届き、それが確実に積み込まれるのを見届けなければならない。
加えてまたジェが余計な真似をしないように、必ずそのそばにいなければ――。
「取り急ぎ決めておくべきことは、このくらいでしょうか」
「わかった」
全員、どの顔も迷いのない表情だ。
これならば進軍にはなんの心配も必要ないだろう。
「貴方たちが活路を拓いたことを確認したら、私もすぐにジェから離れ、あとを追います。後ろの心配は必要ありません。多少の怪我も私の側近たちに回復術を任せますので、そちらが応対してくれます」
「本当に俺たちは、ただ突き進むことだけを考えていればいいわけだな」
コウが皮肉な言い方をした。
後ろから少しずつ集まっていたものが席を外し、会議室を出ていく。
外はもう真っ暗で、軍部に残っている兵も少ないのか、廊下から人の気配もろくに感じない。
「まずは乗船です。そのときに手順を違えなければ間違いなくうまく運ぶ……」
「ふん……俺たちは皆、遠ざけられた身だ。今さら呼ばれることもない」
ハンとチェが自嘲気味に笑って立ち上がった。
「行き着く先がリュと同じなら……突き放されてまで俺たちから添う義理もない。まったくあんたは余計な女を出してきて、よくも俺たちを惑わせてくれたものだ」
コウが最後に会議室を後にしたのを確認してから、資料を手に外へ出た。
すべての資料を燃やし、式神を飛ばそうとまだ人気のない海岸へ出る。
船が整い、今はひっそりと波に揺られていた。
一番大きく新しい船が手前に見える。
恐らくジェの乗り込む船だろう。
とすると、マドルもそれに乗船させられるのか。
横目でそれを眺めながら、ロマジェリカの船に乗っている側近に式神を送った。
今の状況を聞き、これからマドルが泉翔近海に着くまで密に連絡を取り合えるようにすることと、上陸時間を合わせるためだ。
真っ黒な鳥はあっと言う間に暗闇の中に溶け込んで消えた。
そのあとを追うように、つと小さな黒い鳥が飛び立ったのを見た。
仲間と間違えて追って行ったのだろうか?
こんな夜中に……?
疑問を吹き飛ばすように、背後でざわめきが起こった。
急ぎ足で向かうと、ヘイトから追加の物資が届いたところだった。
休んでいた雑兵がすぐに駆け付けてきて荷解きを始め、次々と所定の船に積み込まれていく。
喧騒に城も軍部も明かりが灯り、中から今回の泉翔侵攻に携わるものたちが姿を現した。
まだ明け方まで時間があると言うのに騒ぎのせいで否応なしに起こされたせいか、不機嫌な顔付きでジェも姿を見せている。
既に準備の整った船には、雑兵が乗船を始めた。
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