記憶

第176話 記憶 ~鴇汰 1~

 尾形に連れられ、一度、宿舎に戻って荷物をまとめた。


「必要なもののほとんどは中央にあるのだろうが、今、ここにあるのは置いて行けないものばかりだろう?」


 確かに、一番使う武器も黒玉の入ったかばんもここにある。

 着替えと虎吼刀、そして修治から鬼灯を受け取った。

 大型の車に荷物を積み込み、岱胡の運転で尾形、遥斗とともに乗り込んだ。


「神殿はおかしな様子で、こちらに非協力的なのに、良くサツキさまを呼び出せましたね?」


 遥斗を真ん中に挟み、向こう側で修治が問いかけている。


「おまえたちとは良くないようだけれど、私たちとは特になにもないからね」


「だからって、いきなり皇子が出ていったら余計な人間まで出てくるんじゃないんですか?」


「そうッスよね、巫女さまはともかく、神官たちは黙ってなさそうッスけど」


 岱胡も気になっているようで、運転席から身を乗り出して振り返った。


「馬鹿者、しっかり前を見んか」


 尾形に拳骨を喰らい、ワシワシと頭をさすっている。

 どうやら岱胡の頭は人の手を誘うらしい。

 徳丸や巧も良くたたいていたし、鴇汰自身もそうだ。


 そう言えば、それに対して一生懸命、文句を言っていたことがあった。

 そしてそれに、麻乃が同意していたっけ。


 真面目な話しをしていると言うのに笑いが込み上げ、隣では遥斗もクスリと笑い、修治まで口もとを緩めている。


「神殿に私や妹が顔を出したら、きっと大騒ぎになるだろうとは思っていたよ。どう繋ぎを取ろうかと悩んだのだけど……」


 そんなとき、皇女である遥音付きの侍女がサツキの親族だと知ったと言う。

 城内にも三日月の出た働き手が多く、神殿や軍の上層部がなんの計らいもつけようとしないことに対して、皆が不満を感じている。

 遥斗はそう言って眉をひそめた。


 なにかいい手はないかと、遥斗が頭を痛めていたのを見て、侍女は自らサツキに会いに行ってくれたらしい。


「神殿の外で会う約束を取り付けてきてくれてね。本当に助かったよ」


 その際に侍女が軍部や神殿に対しての不満を口にすると、サツキも神殿の内部に不信感を募らせていると答えたそうだ。


「シタラさまの件もあるからね、そのあたりの事情も詳しく聞ける。私も少しばかり聞かせてもらったけれど……」


 先入観を与えたくないのか、遥斗は口をつぐんでしまった。

 尾形も黙ったままだ。車内は静まり返ったままで、岱胡もスピードを上げて延々と車を走らせていた。


 中央へ着いたのは、午前二時を過ぎたころだった。

 巫女たちは朝のご祈祷もある。

 サツキが動けるのは七時を回ってからだと言う話しだ。


「えっ? そしたら五時間以上もどこで時間つぶすんスか?」


「通常なら宿舎に移るところだが、上層とかち合うといささか面倒だからな。花丘に宿を取ってある。まずは一眠りして食事もしっかり済ませるんだ」


 尾形は真っ暗な外を見つめたままで岱胡に行き先を指示す。

 連れられてきたのは、花丘の奥まった場所に位置するこぢんまりした宿付きの食事処だった。

 すぐ裏が森になっていて、遠くその向こう側に神殿の塔のてっぺんが、薄ら明るく浮かんでいるのが見える。


「神殿からそう遠くない場所だな」


 後から車を降りた修治が呟いたのが、背中越しに聞こえた。


「宿舎と違って個室というわけにはいかなくてな。三人一緒でなんの問題もないだろう?」


「先生はどうするんスか?」


「私は皇子を送ってから戻ってくるが、別の部屋を取ってある。おまえたちは気にせず休め」


「明日は七時前には迎えに来るから出かける準備を済ませておいてくれ」


 遥斗が言うと、尾形はこちらの返事も待たずに車を走らせてしまった。

 真夜中に、まだ食事処は暖簾を下ろしてないとは言え、三人で取り残されてなんとなく気まずい。


 立ち尽くしている後ろから、女将に声をかけられ、中へ通された。

 どうやら尾形から話しは通っているようで、愛想良く迎えられた。


 宿の中の説明と、明日の朝食の時間を知らされてから案内された部屋は、三人にしては広めで、もう布団が敷かれていた。

 窓際の机には握り飯が六個と煮物などのおかずが少しばかり置かれている。

 荷物を置いて早速、食事に手を伸ばしている岱胡を見て、緊張感のなさに呆れて笑った。

 修治はなにか気になることでもあるのか、窓を開けて外を見ている。


「どうかしたのかよ?」


 修治の後ろから声をかけ、外に目を向けても見えるのは真っ暗な中に更に濃く広がる木々の形と、遠くにぼんやりと見える神殿の明かりだけだ。

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