第174話 評定 ~修治 6~
頑として譲ろうとしない姿に違和感を覚える。なにか確固たる勝算でもあるんだろうか?
それに、どう考えても遥斗には似つかわしくない提案だ。
修治は視線を高田に移した。
高田は遥斗を見つめたままでいる。
「けど……」
鴇汰がポツリと呟いた。
「資料を見ているならわかると思う……大陸で俺たちはそれぞれ襲撃されて、未だ五人も戻らないままだ。俺自身だって、本当なら戻れなかった」
「鴇汰、黙れ――」
「――これから配られる資料を見ればわかることだろう!」
触れようとした手を払い退けた鴇汰は、立ち上がってかばんの中の資料の束を加賀野と尾形に渡した。
そこから道場中に行き渡るまでものの数分もかからなかった。
「俺は向こうでしくじった。襲撃から逃れられなかったうえに、麻乃をロマジェリカに奪われた。どうやら暗示に掛けられてるらしいけど……あいつは今、覚醒しちまってる」
もっと騒ぎになると思っていた。
それが誰しも動きを止めたまま、一言も発しない。
鴇汰一人が青ざめた顔で、その鼓動まで聞こえて来そうなほど浅い呼吸を繰り返している。
「麻乃が上陸した浜に詰めているものは、十中八九、身動きが取れなくなる。下手をすれば敵兵のほとんどを通しちまうかもしれない。ほかの浜にしたって、こっちの手を逃れて中央までたどり着くのは、突破できるだけの力を持ったやつらだ。それがどういうことだかわかりますか?」
震える声で、それでも冷静さを保ったまま、鴇汰は遥斗に問いかけた。
「俺たち現役の手が圧倒的に足りないんですよ。皇子が言いたいこと、俺もホントに凄くわかるんスけど……城にたどり着くのは上級の敵兵なんスよ。いくら印が出たからって、誰もが十六まで鍛練しているからって……太刀打ちできる相手じゃないんス」
岱胡まで言い難そうにしながら、遥斗の提案に緩い抵抗を見せた。
最初に反対を仄めかしたときに、こちらに向けた厳しい視線とは違い、遥斗はいつものような優しい暖かさを感じさせる目で、鴇汰を見ている。
印のあらわれた腕を出し、ポンポンとたたいて笑った。
「そもそも……この三日月や蓮華の印はなんだと思う? 女神さまに戦士として選ばれた、守る想いにのみ発揮される守護の力だ。ずっと鍛練を続けてきたわけじゃないから、おまえたちのいうように、士官や上級の兵には敵わない。けれど雑兵ならどうだ? 多対一なら?」
「……あるいは敵うやもしれぬ、そう仰りたいのですか?」
答えた尾形に、遥斗は大きくうなずいた。
「だからっ! 俺はそれが嫌なんだ! 俺の失敗のせいで誰かが傷ついたり亡くなったりするのが! 身勝手だと言われようが、わがままだと言われようが、絶対に嫌なんだよ!」
「長田、なにもかも一人で抱えようとするな。こうなった今、私たちは同じ立場だ。守りたい思いも、ともに防衛に尽くしたいと考えるのは、泉翔の血だ。自分は混血だから、なんて言って逃げるなよ? おまえがそうやって皆を思い、苦しむのも泉翔人ゆえだからだ」
悲痛な声を上げた鴇汰をなだめるように、遥斗はどこまでも優しい口調で語りかけた。
ああ言えばこう言う。
どうあっても退く気のない意思が伝わってくる。
岱胡も小さな溜息をつきながら、堂々とした遥斗を眺めている。
パンパンと手を打つ大きな音が響いた。
「修治、おまえたちの負けだな。おまえたちのいうように、物資は演習場に移して浜は捨てる。そして新たに印の出たものを交えて後方から分断させてたたく。残りは皇子のいうように軍部で責任を持って城へ追い込む、それで決めるしかないだろう」
「このまま話し合っていたところで、どちらも譲らないのなら、そうするしかないのか……」
「これでは上層との二の舞だ。互いに歩み寄り、うまく連携を取るしかあるまい」
高田の言葉に元蓮華たちまで賛同している。
よもや自分たちの出した案が、こんな形で通るとは思いもしなかった。
それぞれの部隊から参加している隊員たちも麻乃と修治の隊員、岱胡も修治自身も、呆気に取られて言葉が継げずにいた。
今にも泣き出しそうだった鴇汰も、口を開いたままで動きを止めている。
「そうと決まれば、物資を置くための拠点を早々に準備しなければならないな」
「各浜に割り当てられたものは、現地で印を持つ一般の方々とともに、速やかに襲撃の際の隊列編成を組むように」
「それからくれぐれも深追いはせず、手に負い切れないときにはまず生き残ることを優先し、逃げるよう指示を出す。待避ルートの確保もすること」
かつて経験があるだけに、元蓮華たちは物事の判断が早い。
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