第153話 不可思議 ~岱胡 1~

 食堂で賄いのおばちゃんに、朝飯用におむすびを山ほど作ってもらった。

 少しでいいと言ったのに、気を利かせてくれたんだろうか?

 数えたら、一人頭、十二個もある。

 おまけに卵焼きまで焼いてくれ、水筒にはお茶も入っている。


 昨夜は急な呼び出しのおかげで、夕飯がほとんど喉を通らなかった。

 戻ってからも、疲れのせいですぐに眠ってしまったから、目が覚めたときは腹ペコでどうしようもなかった。


 おばちゃんたちがおむすびを握っている横でつまみ食いをして、手の甲をたたかれたけれど、それでも止まらないほど腹が減っていた。


 お礼を言って風呂敷包みをかかえ、時計を見ると七時十五分。

 ちょっと早目な気もしたけれど、修治はきっとそろそろ出てくるころだと思い、玄関に向かった。

 扉に手をかけたとき、車の脇に修治と鴇汰が立っているのが見えて、ギクリとした。


(うっわ~、ヤバいなぁ……なんだって二人ともこんなに早いんだよ~)


 昨夜の麻乃の印が云々と言ったときの二人のやり取りを思い出す。

 ただでさえ、普段から仲の良くない二人だ。

 険悪な雰囲気にでもなっていたら最悪だ。


 とりあえず、自分が間に入ってなんとか雰囲気を盛り上げなければ。

 とは言え気が重い。

 それに合わせるように押した扉も重く感じた。


「はよーございますっ! 二人とも、もう来てたんスか? ずいぶん早いッスね?」


 できるだけ明るく挨拶をしてみる。


「馬鹿! おまえが遅いんだよ!」


 二人は振り返って同時にそう言い、互いにチラッと視線を向け合うと、照れ臭そうな顔でそっぽを向いた。

 なにがあったのかわからないけれど、どうやら険悪になってるわけじゃなさそうでホッとする。


「おまえ、なに持ってんのよ?」


「あぁ、これ、朝飯にと思って、おばちゃんに頼んでおむすびと卵焼きを……車ん中で食えるっしょ?」


「気が利くじゃないか。じゃあ、俺が運転するからおまえたちは先に飯を済ませておけ」


 修治がそう言って運転席に乗り込むのを見て、岱胡はあわてて車に駆け寄ると、鴇汰が先に助手席に乗ってしまった。


「そんなら途中で運転交代するからさ、あんた飯食うの、それからで構わないか?」


「俺はいい、そんなに腹も減ってないしな」


「なに言ってんだよ。食えるときに食っとけって。ここで作ったもんなら、なにも入っちゃいねーだろ?」


 それを聞いた修治が声を上げて笑い、岱胡はその姿に目を見張った。


「確かにそうだな、ここで腹を満たしておいたほうが得策か」


「だろ? そうしろって。てか、岱胡、なにやってんのよ? 早く乗れ」


「あ……あぁ、すいません」


 二人のやり取りがあまりにも自然で驚いた。

 後部席に乗り込み、改めて二人を見る。

 そもそも二人が並んでいること自体が異様だ。

 絶対に鴇汰のほうが修治を避けて後部席に乗ると思っていたのに。


(なんなんだよ、これ……これまでに見たことのない光景じゃんか……なんかおっかないよ……)


 変な寒気を感じて、背筋が震えた。


「岱胡、メシ!」


 助手席から伸びた鴇汰の手に、おむすびと水筒を渡した。

 車を走らせながら鴇汰の手もとを見た修治が、凄い数だと言って、また笑う。


 豊穣で岱胡と一緒だったときも、堅苦しさは感じなかったけれど、今はそのときより、もっと柔らかな感じを受ける。

 鴇汰のほうも、いつも岱胡と話すときと同じように砕けた雰囲気だ。


「俺の隊、今は西浜に詰めてるんだよな? 着いたらまず、やつらに会っておきたいんだけと」


「そうだな、無事を伝えておいたほうがいいか……長くはかからないだろう?」


「ああ。すぐに済ませるよ。それから防衛の準備、今、どんな感じに進んでんのよ?」


「各浜で元蓮華の方々が進めてくれている」


「そっか。予備隊の振りわけとかは?」


「訓練生も総出で経験年数を考慮して振りわけている」


「部隊ごとのデータはあるのか?」


「麻乃のところの杉山が資料に起こしている。恐らくもうできあがっているはずだ」


 卵焼きを頬張りながら、二人のやり取りを眺めた。

 必要な情報をどんどん引き出そうとする鴇汰に、修治は無駄なことは話さずに要点だけを伝え、二人の間で次々に話しが進んでいく。

 ちょっと疎外された気分になり始めたとき、鴇汰が振り返った。


「岱胡、おまえは南浜、いいな?」


「はい?」


「修治が西浜、俺は北浜にする。だからおまえ、南浜」


 鴇汰は当たり前のように言い、修治も黙ったまま車を走らせ続けている。

 こんな事態で他の誰もいない今、三人が一緒に詰められるとは思っていない。

 だからこそ、援護をする身としては、兵力が偏らないように自分の隊を分散させたのだ。


「わかりました」


 その返事に鴇汰はうなずき、また修治とやり取りを始めた。


(このコンビ……合わないんじゃない。合わせてなかっただけだ。今は強い……)


 みんながいないのに、スムーズにことが運んでいくさまを見て、さっきとは違う意味で、背筋が震えた。

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