第151話 不可思議 ~修治 2~
鴇汰は前髪を掻きあげ、フーッと大きく溜息をついた。
「あいつ……麻乃がさ、すげー楽しみにしてたみたいで。行きも帰りもなにか急いでるふうだったんだよ」
「……そうか」
「その話しを聞いたとき麻乃のやつ、照れたような嬉しさを隠せないような、そんな顔しててさ。ちょうど風が吹いて言葉が途切れたんだ。そしたら、あんたと泉の森で祝言挙げるって言うから、俺、てっきりあんたと麻乃が……って思った」
「麻乃と俺が? おまえ……」
「今はもう、ちゃんとわかってるよ……でも、その時は頭にカッと血が上っちまって……気づいたら麻乃を怒鳴りつけてた」
今度は修治が溜息をついた。
いい意味で一緒に行動していたのかと思えば、そんなことになっていようとは。
岱胡と一緒だった修治には、組み合わせが凶兆を示したということがピンと来なかったけれど、この二人に限っては、また違う意味を持っている。
そのことに今、気づく。
以前、言い合いをしながら感情を昂らせ合っていたのを思い出して、嫌な予感がよぎった。
「おまえも本当に馬鹿なことを……まさか、おまえ、そんなことで険悪になったんじゃないだろうな?」
「ば……確かに否定はできねーけど、正面切って馬鹿って言うな! 険悪にはならなかったよ。あんたの相手は多香子さんだ、って言って、麻乃はすげーイカってたけどな。あいつにも散々、馬鹿だって罵られた」
「当たり前だ。おまえら全員、いろいろと勘繰ってやがったけどな、俺たちにはもう家族としての感情しかないんだよ。とっくに終わってるってことは、おまえだって承知してたんだろうが」
ボンネットに腰かけるようにして寄りかかった鴇汰は、仏頂面でそっぽを向き、小さく舌打ちをした。
――呆れ果てて溜息しか出ない。
それでも、これだけ長く鴇汰と話しをしたのは初めてのことだと思う。
これまでその態度から鴇汰が麻乃に惚れているのはわかっていた。
言葉を交わして、それが修治の思った以上に深いものだと感じる。
だからと言って、今の鴇汰に麻乃を任せられやしない。
麻乃と一緒になって感情的になり、互いに振り回し合っていたんじゃ、話しになりやしない。
「大体、おまえは麻乃のこととなると感情的になり過ぎる。落ち着きがなさ過ぎるんだ。以前はもっと冷静に物事を考えるやつだった。同じことをしても、今と以前じゃ大違い……」
そう言って、ふと思った。
――そう言えば、こいつが妙に落ち着かなくなったのはいつごろからだったろうか?
麻乃が変に不安定になり始めたのはいつからだ?
それに、シタラだ。あんなに気味悪く感じるようになったのは……?
「自分でもわかってんだよ、妙に掻き立てられて落ち着かない。あのときもそれで麻乃を怒らせちまって……」
考え込んでいた所を鴇汰の言葉がさえぎり、ハッと我に返った。
「そしたら、その直後だった。急に敵兵の気配が近くに現れて……麻乃のやつも驚いてた。俺たち、段取りを付けていたんだ。遭遇したときには川へ飛び込んで逃げる、ってさ。けど、その手前で追い付かれて、仕方なく迎え撃った」
「急に現れただと……?」
鴇汰は迷いながら言葉を選んで話しているようだった。
修治も同じように、突然湧いた気配に驚いたクチだ。
説明し難い思いは良くわかった。
「あいつ、俺には深追いするなっていう癖に、どんどん深みにハマっていきやがって、自分に構わず、隙を見て逃げろなんて言いやがった」
「庸儀のリュがいたんだったな?」
「あぁ。逃げろって言われたって、あの野郎がいるのに放っておけねーだろ? 麻乃はどんどん勢いを増してくし……どうにもならなくなって、今度こそ本当に逃げようって示し合わせた直後に、麻乃が撃たれて……そのあとのことは、昨夜話したとおりだよ」
表情でひどく悔やんでいるのがわかる。
けれどこれは明らかに麻乃の判断ミスだ。
鴇汰の言うとおり、一人で逃げろと言って聞くようなやつじゃないと、麻乃もわかっていただろう。
それを忘れてまで、なぜリュに固執したのか。
(あの馬鹿……動じるな、迷うなと言ったのに、なんだって深追いなんてしやがった……)
自分のすべきことを忘れて、一番、大事なものを放り出して、己の思いを先行させた結果がこれか?
(だとしたら、ずいぶんとお粗末な結末じゃないか。なぁ? 麻乃……)
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