第119話 回復 ~鴇汰 2~

「……なんだよ?」


「いや、起きているとは思わなかったな」


「急に腹が減って。いい匂いがしたからなにかあるかと思ったらなにもねーし……叔父貴、もう晩飯済ませたのかよ?」


「キミが起きてくるとは思わなかったから、少しばかり早目に済ませたよ」


 クロムは手にした籠をテーブルに置き、また中から薬草を数種類出して仕分けを始めた。

 食べながらその手もとを見ていて、ふと思った。


「そういえばさ、泉翔じゃ回復術ったって、簡単な血止めとか解熱くらいで、大きな怪我をどうにかできるような術師はいないって聞いてるんだけど」


 その問いかけにクロムは関心なさそうに、へぇ、そうかい、とつぶやいただけだ。


「俺、結構ひどい怪我だったってゆーけどさ、傷、残ってねーよな? 背中だって斬られてるのによ、治りかけのむず痒さも感じないんだけど」


 立ち上がり、大鍋を出してきたクロムは、それになにか液体を注いで弱火で火にかけた。

 小さなナイフを取り出し、薬草を刻むクロムの後姿にさらに問いかける。


「術のことは全然わかんねーけど、こんな奇麗に治せるほど強力な回復術なんてあるもんなのか? 手を貸してくれたって人はそんなに凄い術師なわけ?」


「そりゃあねぇ……術と一口に言っても、その種類は大なり小なりでさまざまだ。そうだな、たとえば……」


 クロムは振り向きざまにナイフを投げつけてきた。

 鴇汰は驚いて手にしていたスプーンでそれを弾いた。


「いきなりなにすんだよ! あぶねーだろ!」


 クロムは笑いながら落ちたナイフを拾いにきて、また作業を続けた。


「今のキミ。自ら鍛えたり経験を積み重ねたりすることで、そういうものを簡単に避けてみせるね?」


「そりゃあ……まぁ、こんな程度も避けられないようじゃ、俺、とっくに死んでるだろうし」


「術も同じで、さまざまなノウハウがあって訓練次第で使えるようになる。けれど同じような訓練をしても、個体の能力で大きな差が生じる。それは鴇汰くんのような戦士でも同じだろう? 中にはより強さを求めて鍛えるものもいると思う」


 おクマや麻乃、修治、それに武器は違えど岱胡を思い出す。

 確かにやつらは突出しているし、それぞれほかの誰よりも努力を重ねたんだろうと思う。


「術師もしかり。個体の能力やその後の積み重ね次第で、使える術がより大きなものになるし、なにか一つに長けているものや、オールマイティに使えるものも出てくる」


「へぇ……そういうやつだと、大きな怪我なんかも簡単に治せちゃったりするわけ?」


「そういうことだね。昔はとても回復術に長けている人がいたけれど……今はもう亡くなられてしまったよ」


「その人だと一日で、とか数時間で、なんてこともできたりする?」


「もちろん。でも今は、そこまで強い術を使える術師はいないんじゃないかな? 術は存在していても誰にも使えないものもあるからね。それを使える人間がいるとしたら、例の伝承の誰かじゃないかと私は思うよ」


 クロムはそう言いながら、大鍋にすべての薬草を入れて掻き回し、さらに保存庫から真っ黒いなにかを取り出して入れた。

 もの凄く嫌な予感がしたけれど、今のがなんなのかを聞いてしまったら、今度こそ本当に飲めなくなると思って見なかったことにした。


 調理場の中はあの薬の臭いが充満していて、このあと、それが出てくるのかと思うとゾッとする。

 まだスープも残っているのに、胃が薬に反応してキリキリと鳴き、食欲もすっかり失せてしまった。


「ロマジェリカの軍師がいるんだけど……俺はそいつがその中の誰かだと思うんだよ。もしそうだとしたら、やっぱそいつが使う術は強いのかな?」


「確証はないけれど、なにかしら強力なものは持っているだろうね」


「そっか……」


 麻乃が大怪我をしたときのことを思い出した。

 自分では歩けないほどだったのが、数日後には演習に戻っているのを見たんだ。


 そしてシタラのことも――。


 けれど泉翔に入り込むことが可能だとは思えない。

 仮に入り込んだとしても、敵兵を目の前に麻乃が大人しくしているとも思えない。

 クロムが煮詰めた薬を器に移して目の前に置いた。


「明日のことだけれどね、昼過ぎに様子を見て、問題がなければあさっての早朝、ここを発とうと思う」


「あさって? 明日じゃねーのかよ? それに発とうと思う……って、叔父貴も一緒に泉翔に来るのか? ってか……これ、また量が増えてるじゃんかよ!」


 気のせいだろう、とクロムはまた意地悪な表情を浮かべた。

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