第114話 来訪者 ~岱胡 7~

 夕方になって修治が宿舎に戻ってきた。

 高田の言ったよりも早く、昼過ぎに目を覚ましたらしい。


 時間を無駄にしたと言って憮然とした顔のままでいたけれど、しっかり眠ったぶん、食欲も出たようだし、なによりいつもどおりの冷静さをちゃんと取り戻していた。

 いつでも北区へ移動できる準備を済ませてあると言うと、修治は視線を逸らして一言


「すまない、助かる」


 そう言った。

 少しは役に立ったのかもしれないと思うと、それだけで妙にやる気が出てくる。

 北詰所に着いたときには、もう深夜一時を過ぎていたけれど、隊員は昼のうちに寝ておいたといって、全員が起きていた。


 相変わらず修治はテキパキと隊員たちに指示を出し、なにか問われたときには即答している。

 何人かが修治の指示に従い準備のために詰所を出ていった。

 北詰所に待機していた尾形と数人の元蓮華が、その姿を見てしきりに感心している。


「西も北も準備はほぼ整っているな……あとは南か……」


「南には今、徳丸さんと穂高さんトコが詰めているそうです、巧さんと梁瀬さんのトコは中央で待機ッスね」


「中央には俺の所から連絡を出すとして……岱胡、明日の昼に南へ寄ってから西に戻ろう」


「わかりました」


 そのやり取りを聞いていた元蓮華の一人が、隊員たちと資料を見ながら声をかけてきた。


「南浜のことなら心配ないぞ、あっちには数人の元蓮華が詰めているからな。明日の打ち合わせに間に合うよう、いろいろと手を尽くしている」


「それに中央でも加賀野が動いている、おまえたちは西区に戻って明日の準備をしてくれれば十分だ。今夜は休んでおけ」


「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。岱胡、宿舎に移ろう」


 修治は少しだけ考え込む仕草を見せてから答え、二人揃って詰所を出た。

 海岸へ続く道のほうから騒がしい声が響いてきて、修治と顔を見合わせると、声のするほうへ急いだ。

 そこには修治の隊員が十人ほどいて、なにやら言い合いをしているようだ。


「おい、おまえたち、そんなところでなにを揉めてるんだ?」


「隊長! それが、変な鳥が……」


「鳥?」


 輪になった隊員たちを押し退けて前に出る。

 脇道の手前にある大木の枝に、鷲に似た鳥がとまっていた。


「オサダはいるか?」


 岱胡はギクリとした。

 隊員の一人が言うには、ついさっき、どこからか飛んできて、枝にとまったあと、ずっとその言葉を繰り返しているという。


「おまえたち、どうしてすぐに報告しにこなかった!」


「修治さん、こいつ……鴇汰さんを名指しなんて、変じゃないッスか?」


 修治が厳しい口調で隊員を叱りつけると、鳥の目が岱胡を見てから修治のほうを向き、二、三度まるで考えているように首をかしげた。

 大きく翼を広げると枝を離れ、修治の頭上を旋回している。


「オサダを呼べ」


 鳥はまた同じ言葉を繰り返している。

 修治が厳しい表情のまま左腕を差し出すと、鳥はその腕をがっしりつかんでとまった。


「修治さん、西浜で船員が言ってた……こいつ、もしかして式神じゃないッスか?」


 こちらへ視線を向け黙ってうなずいた修治は、隊員たちに詰所へ戻るよう言い含め、全員が建物に入ったのを確認してからゆっくりした口調でハッキリと鳥に向かって言った。


「長田は、今はいない」


「……いない?」


 鳥はまた首を何度もかしげる。


「では、おまえ……それから、そこにいるハセガワ……双子島、小島のほう。明日、夜十時に来い」


 片言でありながらも、ハッキリとそう言った。


「なんで俺の名前……」


「明日は無理だ。こっちにも都合がある。それに、なにが待っているかわからないようなところへ出向いてやる筋合いもないな」


 自分の名前が出たことに、岱胡はゾッとした。

 それにどうやらこちらの言葉が伝わっているようで、会話になっているのも不気味だ。

 修治の答えに、鳥がククッと含み笑いを漏らしている。


「ならば……あさってだ……こっちは二人、争う気はない。話しはこの国の女のことだ。必ず二人だけで来い」


「……女? どっちだ! 麻乃か? 巧か?」


「――来ればわかる」


 そう言い残して鳥は飛び去っていった。

 修治は腕を掲げた格好のままで、強張った顔は蒼白になっていた。


「どうします? 俺……名指しだし……行かなきゃマズイ気がするんスけど……」


 修治がもしも行かないと言ったときは、岱胡は隊員を誰かを連れてでも行く覚悟だ。


「行かなければ、なにも得られないってことだな……どっちの話しにしろ、知りたきゃ行くしかないってんなら……」


 鳥の飛び去ったほうを睨み据え、声を潜める。


 ――行ってやろうじゃないか。


 修治はハッキリとそう言った。

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