第106話 結界の中 ~鴇汰 6~
眠りを妨げるにぎやかな声に、鴇汰は意識が引き戻された。
「なんだよ……まだ眠いのによ……うるせーぞ……」
目を閉じたまま文句を言うと、穂高の声が問いかけてきた。
「麻乃が覚醒してしまったって?」
「ん……? あぁ、そうなんだよな……ロマジェリカに加担してるって……」
「文献の話しは聞いたよね?」
今度は梁瀬の声だ。
「聞いた。大陸の伝承にも麻乃のことがあったってよ」
「うん、僕もいろいろと調べたんだけどね、まだ良くわからなくて」
「俺なんか全然わかんねーよ……」
パラパラと紙をめくる音が聞こえてくる。
目を開こうと思っても、まぶたが重い。
胸もとに、なにやら温かさを感じた。
「主要な人物は、麻乃さんをのぞいて三人だけど……ロマジェリカにそのうちの一人がいるんじゃないかと、僕は思うわけ」
「俺も同じだよ、だって麻乃はロマジェリカに連れ去られたんだろう?」
梁瀬の言葉に穂高も同意している。鴇汰もそう思う。
「そう、ロマジェリカの軍師が……マドルってやつが俺の目の前で……なのに俺はなにもできなくて……」
「なるほどね。それであんた、自分一人で麻乃を助けに行こうなんて考えちゃったわけね?」
「ガキが。浅はかな考えをしやがって」
巧と徳丸が嫌味を込めた声でつぶやいたのが聞こえた。
思わずムッとする。
「だって俺のせいなんだぜ? 俺がなにもできなかったから……」
言いながらまた、あのときのことを思い出して悔しさに胸が痛む。
「鴇汰一人じゃ、無理な話しだよ」
「俺たちが束になったところで、ここにいちゃあ麻乃に手出しはできねぇぞ?」
「そんなことはわかってんだよ! けど……なにもせずにいられねーんだよ!」
「そうは言ってもねぇ……あんた、この体じゃねぇ……」
怒りに連動するように、胸もとの温かみが熱さに変わる。
ふと、膝の辺りも温かさを感じた。
それと同時に、疑問が湧く。
「てか……あんたら、ここでなにしてるわけ? つか、なんでこんなトコにいんのよ?」
「ん……まぁ、それはともかくとして、あんた、泉翔に戻りなさい」
巧の言葉が聞こえ、額に軽い衝撃を受けた。
恐らく巧が鴇汰の頭をたたいたんだろう。
「あんたまでそんなことをいうのか! 麻乃を放っておけってのかよ?」
「だからおまえはガキだっていうんだ。いいか、良く聞けよ? 向こうには今、修治と岱胡が戻ってる」
「あいつが戻ってるからって、なんだってんだよ?」
フッと四人分のため息が聞こえて苛立つ。
梁瀬のいつになく真剣な声が聞こえてきた。
「鴇汰さんは知らないだろうけど、修治さんを含めて麻乃さんの道場ではね、昔からずっと麻乃さんになにかあったときの対処法が決められているんだよ」
「だからね、あんた泉翔に戻ってシュウちゃんに手を貸してやりなさい」
「はっ……なんで俺があいつと……あんたら馬鹿じゃねーの? 俺とあいつが組んで、うまくいくことなんてあるはずがねーだろ?」
今度はさっきよりも強い衝撃を頭に受けた。
思わず、目が覚めるかと思うほどの痛みを感じ、閉じたまぶたにチカチカと火花が散って見えた。
これはきっと、徳丸の拳骨だ。
こんな痛みを感じても、まだ目が開かないのが不思議だ。
「おまえが修治を気に入らないのは、麻乃のことがあったからだろう? けどな、あいつはカミさんをもらうんだ。もう麻乃とはなんの関係もねぇ。嫌がる理由もねぇだろうが。修治だって同じことだ。あいつはおまえを気に入らねぇが、嫌いじゃないって言っただろう?」
「んなこといったって……そんな突然……気持ち切り替えらんねーよ」
額にひんやりした手が触れた。
「ねぇ、鴇汰。あんた本気で麻乃を助けたいって思ってるの?」
巧の声が疑わしさを隠せない調子でそう言った。
その言葉には本気で腹が立ち、鴇汰は当たり前だと叫ぶ。
「シュウちゃんがね、対処法が通用しなかったときにどうするつもりでいるか、あんたわかる?」
そんなもん知るかよ……。
黙ったままでいると、徳丸の声が低く響いた。
「修治はな、すべてを自分の手で終わらせるつもりだ。そしてそれは道場や第七部隊のやつらも承知していることだ」
「お……終わらせるって……まさかあいつ、麻乃を殺すってのかよ!」
「まぁ、そういうことになるわよねぇ……」
「なるわよね、って、あんたらなんでそんなに冷静でいられるんだよ!」
ポンポンと、肩に二度、誰かが触れた。
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