第104話 結界の中 ~鴇汰 4~
なにかを思い出そうと、頭が一生懸命に働いているのがわかる。
西浜戦以降のことがもの凄いスピードでよみがえっては消えた。
また、頭の芯が痺れるように重くなる。
「だけど考えてごらん? キミたちにも偽物だとわかるほどの紅い華の存在に、二国で疑問を持つものはいないんだろうか? 偽物と気づいて、本物を探そうとするものはいないんだろうか?」
その言葉でせきを切ったように川岸であった出来事が鴇汰の頭に浮かぶ。
『心外ですね、私は自分に必要なものを迎えにきただけですよ』
『やり方がうまくないから、危うく目覚めさせてしまうところだった』
『言ったでしょう? 私は必要なものを迎えにきた、と』
『このタイミングで覚醒させるわけにはいかないんですよ、私がほしいのは、本物の力なのですから』
リュとやり取りをしていたマドルの言葉が、どんどん頭に響いてくる。
麻乃のことを必要なものだと言った。本物の力がほしいと言った。
『私がなにも気づいていないと思っているのですか?』
言い訳がましく叫んだリュに向かって確かにそう言った――。
マドルは知っていたんだ。あの赤髪の女が偽物で、本物は麻乃だということを。
思えば西浜でのロマジェリカ戦のころから、なにもかもがおかしいじゃないか!
この大陸に渡ってきてからもそうだ。
なんだってこの広い大陸で鴇汰たちを追ってくることができたのか……。
「なにかされた……だからだ……」
けど……待てよ?
「そんなに色んなことがわかってたなら、なんで手を貸してくれなかったんだよ! 叔父貴ほどの術師なら、あんなことになる前にどうにかするとか、もっと早くに情報をくれるとかできただろ!」
「それができたなら当然そうした。けれど第三者が手を出すことで、誤った方向へ事態が動く可能性があるんだよ」
クロムは窓の外へ視線を移すと、それにあの日は、ほかにどうしてもやらなければならないことがあったんだと、声を落としてそう言った。
八つ当たりだとわかっていても、もしも手を借りることができていたら、今ごろは無事に泉翔へ戻っていたかもしれない。
そう思うと責める言葉しか浮かんでこない。
「私がどの国にも属さず、こうして自由に暮らしているからといって、安穏とした日々を送っていると思われては困るね。私はここで自分の為すべきことをし、来たるべき時期のために、しておかなければならない準備を続けていたんだからね」
「その時期とやらのために俺たちは……こうしてる今だって、麻乃がひどい目に……つらい目にあってるかもしれないってのに……なんだって俺はこんなところで寝てなきゃなんねーの? なんで行かせてくれないんだよ!」
体が動かない以上、悪態をついて叫ぶことしかできない。
カタリと音がして、調理場からマルガリータが戻ってきた。
ベッドに腰をおろすと、鴇汰の背に手を差し入れて体を起こされた。
もう一方の手に持っている大きなグラスに、苔色の飲み物がたっぷり入っているのを見て、思わずクロムへ視線を移した。
「おい叔父貴……まさかこれ、飲めとかいうんじゃねーだろうな?」
「鋭いね、もちろん飲んでもらうんだよ。そために薬草を摘んできたんだ」
「ふ……ふざけんな! こんなもん無理! ぜってー飲みもんじゃねーだろ!」
マルガリータのどこまでも優しそうな笑顔が、今は怖い。
色も臭いも凄い。
ただでさえ頭が重いというのに、さらにズシンと響くようだ。
容赦無くグラスを鴇汰の口もとに近づけて押しつけてくる。
「傷にいいんだ、早く治したいなら一滴残らず飲むことだね。それが無理だというのなら、ここを出るのがさらに延びるだけだ」
椅子に腰をかけて腕と足を組み、クロムは意地悪な笑みを浮かべている。
その姿にムカムカしてるのか、臭いに胸が焼けているのかわからないほど苛立つ。
(それでも、これを飲むことで少しでも早くここから抜け出せるなら……)
意を決して口をつけた。
吐き出したくなるくらい不味い。
粘つくドロリとした液体が喉から胃に流れ込む感触に、気が遠くなりそうになりながらも、飲むのを止めなかった。
一度止めたら、もう二度と喉を通過させることができないだろう。
クロムがクスリと笑ったのが耳に届き、あとで絶対に仕返ししてやる、と思った。
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