第102話 結界の中 ~鴇汰 2~
「私一人ではどうにもならなくて、人の手を借りてなんとかここまで回復させることができたんだよ」
クロムは椅子を引いてきてベッドの脇に腰をおろした。
「そうまでしたのに、今、動かれてはすべてが水の泡だ。まだあと二日はかかるからね、ここで休んでいなさい。あぁ、それから逃げようと思っても無駄だよ。ここは結界の中だからね」
「そんなわけにいくかよ! だいたい……あの日って、あれから何日経ってるってんだよ! ロマジェリカだぞ! わかってんだろ? 手遅れになっちまうんだよ!」
立ちあがったクロムは、机の上に置いた籠の中から野草を数種類出して広げた。
一束一束、確かめるように眺めては種類別に仕分けている。
そしていくつかの種類の野草を手にすると、調理場のほうへ向かってしまった。
「叔父貴! ちょっと待てよ!」
起きあがろうとして背中に痛みが走り、また身を縮めた。
調理場のほうから、かすかに声が聞こえてくる。
今、鴇汰がいる部屋と反対側の部屋で、クロムが誰かと話しをしているようだ。
「誰か……いるのか?」
こちらの部屋へ戻ってきたクロムに問いかけた。
そのクロムの後ろを過ぎった人影を見て、今度は傷みも忘れてベッドから飛びおりた。
駆け出そうとした体をクロムに抱き止められて押さえられる。
「大人しくしていなさい、って言っただろう?」
「あの野郎! なんだってあの野郎がここにいるんだ!」
ほんの少しだけ顔をこちらへ向け、逃げるように小屋から出ていったその人影は、リュだった。
おもてに繋いであった馬に飛び乗ると、そのまま駆け出していってしまったのが窓から見えた。
「叔父貴まさか、あいつを助けたんじゃねーだろうな!」
激しく沸き立つ怒りに言葉が荒くなる。
クロムは小さくため息をつくと、ゆっくりと言った。
「キミを助けたすぐあとから流されてきてね、怪我もしていたから一緒に連れてきたんだよ」
「なんでだよ! なんで? あの野郎のせいで麻乃は……あんな野郎、放っておきゃあ良かったんだ! あんな野郎が死んだって――」
ビシッと耳に乾いた音が響き、頬に衝撃を受けた。
なにが起きたのかわからなくて、鴇汰は頬を押さえたまま呆然とクロムの顔を見つめた。
「鴇汰くん……キミを泉翔に残してきたことを私に後悔させないでくれ。もちろん、キミが国を守るためにしなければならないことは、良くわかっているつもりだ。それについてなにかを言うつもりもない」
クロムは窓を閉めようとした手を止め、後ろ手にカーテンだけを閉じた。
隙間から窓の外をツバメがよぎったのが見えた。
「けれど、たとえ敵方だったとしても人の命だ。軽んじてみてほしくないね。個人の感情だけで人の命を左右するなんて、してはいけないことだ。泉翔に残してきたがために、そんな人間になってしまったと思わせないでくれ」
「……俺は……だけど……あいつを逃がしちまったら……」
「……彼はもう、長くない。外側の傷は大したことはなかった。落ちたときにどこを打ったのか、中が駄目なんだよ。今は気力だけで動いているようなものだ。望む場所に着いたとき、それが彼の最後だ」
たった今、リュの出ていった方角へ目を向けたクロムはやり切れないといった表情を見せた。
ああまでして向かいたい場所があるなら行かせてやらないのは酷だと思った、そうつぶやいたクロムの胸ぐらをつかんだ。
「だったら! だったら俺だって同じだ! 今行かなきゃまずいって言ってるじゃないか! あの国で異人がどうなるか、叔父貴だって知ってる癖になんで邪魔するんだよ!」
こうまで訴えているのにも関わらず、困った顔しかみせないクロムに苛立ち、その体を突き飛ばして飛び出そうと考えた瞬間、クロム指先が額に触れた。
直後、突然に全身の力が抜けて膝から崩れ落ちた体を、クロムとマルガリータに支えられ、またベッドに戻される。
「まったく……キミは……良くお聞き。キミはしなければならないことがあるはずだ。キミは一体、誰だ? どんな肩書きを持って泉翔にいる?」
「俺は泉翔の戦士だ! だからって、それがなんだってんだよ? 今はそんなこと、関係ないじゃないか!」
クロムは指を立てると、マルガリータに向かってうなずいてみせた。
マルガリータは机の上から数種類の薬草を手にすると、そのまま調理場へ向かっていく。
一体、なにをされたのか、体の力は抜けきったままで、鴇汰は起き上がるどころか指一本動かせない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます