第93話 帰還 ~修治 4~

「無理をさせたうえに、こんなところに押し込めたりしなければ、今ごろは平熱に戻っておったわ」


 石川は神官を睨み、書類と治療道具をかばんに詰め込んで部屋を出ていく。

 バツの悪そうな顔で窓をキッチリと閉めて鍵をかけ、神官も石川のあとを追っていった。


 つと視線を入り口に向けると置いてあった紫炎と月影がない。

 外の見張りと揉めているような気配がないところをみると、特に見咎められてはいないようだ。


(どうやらうまく持ち出してくれたか……)


 椅子を引き、岱胡のそばに寄せて腰をおろした。


「さて……誰だ?」


 修治はスッと指先を天井へ向けて伸ばす。

 待っていたかのように入り込んだ蜂が舞い降りてきて、目の前でその姿をメモに変えた。


『未だどの船も戻らず。すぐに必要なものがあれば式神にて連絡寄越されたし。また、待機が長引くようであれば解放の手段を選ばず。いつでも出られる準備をしておくよう高田先生よりの指示』


 高田先生……ということは、市原か塚本のどちらかだろう。

 一緒にいたことを考えると市原だろうか。


 修治の話しをまったく聞かず、こんなふうに押し込めてくれたうえに麻乃のことまで……。


 上層や神官たちには、心の底から腹が立っていた。

 正直、このまま大人しくここに居座って、なにが起ころうが知らんふりを決め込んでやろうと、そんな思いも頭をよぎる。


 けれど、そうすることで困る人間がどれだけいるのかを考えると、やはりすぐにもここを出て、自分のすべきことをしなければと思う。


(式神で連絡を、か……こんな落ち着かない気分のままでは失敗するだけだな)


 修治の出せるものは隼だけだ。

 失敗して見つかりでもしたら、今度は監禁されてしまうかもしれない。

 今すぐに必要なものがないのは幸いだった。


(それにしても……手段を選ばず、とは……一体、なにをやらかしてくれようっていうのやら……)


 ついフッと鼻で笑ってしまう。


「なにを一人でニヤケてんスか?」


 視線をあげると岱胡が意識を取り戻し、修治を見ている。


「目が覚めたか。気分はどうだ?」


「まぁボチボチって感じッスけど、かなり楽になりました。それよりここは……あれっ? 点滴? でも医療所じゃあないッスよね?」


「宿舎の二人部屋だ。まったく、上層の連中はなにを考えているんだか、俺たちは軟禁されたようだ」


「軟禁て……そんな馬鹿な」


 手にしたメモを小さく畳んで指で弾き、起きあがろうとした岱胡の額に当てて止めた。


「まだ横になってろ。今は早く熱を下げて、いつでも動けるようにしないとな」


 岱胡は枕もとに落ちたメモを手に取ると開いて中を読み、口もとを緩めた。


「手段を選ばず、ですか」


「俺には今、特に必要なものもないが、おまえも同じだろう?」


「すぐにここから出られるなら特には……あっ! でも俺の銃……こんなことになるとは思わなかったから車ん中だ」


「それならおまえの先生が保管しておいてくれてるだろうさ」


 今度は体を起こしたのを止めなかった。

 口調もしっかりしているし、顔色も良くなってきているようだ。

 水を汲んで渡してやると、岱胡は一気に飲み干して大きく息をついた。

  

「そうだとは思うんスけど、手入れしたかったし弾の補充もしたかったのに。俺、ちょっと連絡取っていいッスか?」


「取っていいかって……外には出られないぞ? おもてには見張りもいるしな」


「ずいぶんと厳重ですねぇ、だけど俺のは平気ッスよ。メモ、もらえます?」


 差し出してきた手にメモとペンを持たせると、熱心になにかを書き記した。

 グッと握り締めた手を開くと、一匹のテントウ虫が飛び出し、通気口の中へ消えていった。


「……そいつは便利だな」


「みんなと違ってちょっと遅いし、ショボイから遠くへは出せませんけどね。役に立つでしょ? 目立たないですしね」


 感心してつぶやくと、岱胡は得意気な表情をみせた。


「これでここを出たらすぐに動けますよ。はぁ~、ホッとしたらなんか腹が減ってきましたね」


 立ち上がってもう一度、冷蔵庫の中身を確認してみる。


「簡単なものしか作れないが、十分に腹を満たす量はできそうだ。食えりゃあなんでもいいな?」


「うまいもんならなんでもいいッス」


 石川は明日の昼までには、と言っていたけれど、どうやら今夜には全快だな、と修治は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る