第91話 帰還 ~修治 2~
尾形の話しを聞いて、必ずなにかを言われるとは思っていた。
その覚悟はできていたし、なにを言われても冷静に判断して反論するつもりだった。
「……それは一体、どういう意味でしょうか?」
「敵兵に追われていると言ったが、あらかじめポイントやルートの情報が流れているとしたら、待ち伏せも追走も可能なのではないか、ということだ」
まさか、ここまで疑いがかかっているとは思わず、修治は一瞬、聞かれた意味を理解できなかった。
聞いた言葉を反芻して、その言わんとする意味を十分に理解した瞬間、気が遠くなりそうなほどの怒りを覚えた。
「麻乃……藤川が大陸に情報を流したと仰りたいのですか?」
「私が聞いているのは、ポイントとルートを知っていたのか、ということだ」
問いかけには答えるつもりがないのか、冷やかな視線が修治に向いている。
「ジャセンベルには一度だけ渡っています。ですがそれは――」
上層の一人が「決まりだな」とつぶやいたのが聞こえた。
なにかがまずい。
畳み込まれるように否応なく嫌な流れに乗ってしまった気がする。
「チョット待ってくださいよ、さっきからなにを言ってるんです? 俺たちは今回、向こうに渡ってからルートを変えてるんスよ? なんだってあの人が、しかも式神一つ出せない人なのに、どうやって大陸に情報を流すってんです?」
両手でこめかみを押さえて、うつむままでいた岱胡が怠そうな様子とは裏腹に力強い口調で言った。
「それとも大陸から諜報が潜り込んで、あの人と接触したって確証でもあるってんですか?」
「その可能性がないとは言いきれない」
「言っちゃあなんですがね、あの人ほどうちの国に思い入れを持っている人はいませんよ! これまでの戦績を見りゃあ簡単にわかるっしょ!」
上層たちは岱胡の発言にざわつきながら、顔をしかめて国王にチラリと目を向けた。
国王はきつく唇を結んだまま、相変わらず黙っている。
「長谷川、口を慎め」
中の一人が厳しく放った言葉に、岱胡はさらに勢いを増し、椅子を倒して立ちあがると両手で机を思いきりたたいた。
「あんたたちだって昔は俺たちと同じ立場だったのに、よくもそんな恥ずかしいことが言えますね! なにができて、なにができないかの区別もつかなくなったってんスか! 俺たちのことだって、修治さんの報告に嘘偽りなんてなに一つないッスよ! 助けてくれたやつは確かに三国がなにか企んでるから、防衛の準備をしろって言ったんスよ? 偽物の黒玉だっておかしいのを知って、どうしてなんの対処も調べようともしないんスか!」
熱のせいもあってか、突然立ちあがったうえに興奮した岱胡は、フッと崩れるように倒れた。
「岱胡!」
倒れかけたその腕を取り、床に頭を打つのを辛うじて防いだ。
ぐったりして動かないところを見ると、意識がないのだろう。
「まだ熱が高いんです! 報告だけなら自分一人で十分なはずです! すぐに長谷川を医療所に……」
「……その必要はない」
「このまま放っておけというんですか!」
「そうではない。おまえたちには当分のあいだ、宿舎で待機をしてもらう。長谷川に関しては医療所へ往診を頼んで、宿舎で処置をすれば問題はないだろう」
岱胡の体を床に横たえてやり、立ちあがると修治は上層たちを睨んだ。
「……宿舎で待機、ですか? こんなときだと言うのに?」
誰もそれに答えずに何人かが立ちあがると、岱胡を抱え上げた。
突き詰めたい話しは幾つもあったけれど、この様子だとなにを言ってもすべてが悪い方向へ流れていきそうだ。
問い詰めたところで納得のいく回答を得られそうもない。
国王の視線が修治になにか言いたげなのを感じたけれど、今はそれどころではなかった。
苛立ちを抑え、運ばれていく岱胡について会議室を出た。
宿舎に着くと、まるでこのために誂えたように、二人部屋が用意されていた。
「しばらくはこの部屋を使ってもらう。すぐに医療所から先生も見えるだろう、なにかあったらおもての神官に声をかけるように」
そう言って上層たちは部屋を出ていった。
(おもての神官……?)
ドアを開けると入り口に二人、神官が立っている。
(要するに軟禁か……外に出られないとなると、高田先生と話しは愚か連絡も取れやしない)
岱胡の呼吸が息苦しそうで額に手を当ててみると、夕べよりも熱があがっているようだ。
(どうにかして高田先生と連絡を取らないと、すべてが後手に回ってしまう……)
焦る思いをどうにか抑え込み、このあと、どう動くかだけを考え続けた。
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