第68話 大国の武将 ~レイファー 5~

「まぁ、ここではいろいろなことがあったよ。なにせ、あのような兄上たちだ……けれど、そのおかげで俺はこの場所で多くのことを学んだ。己の腕を磨くことも、ここで決めた。今となっては、あの人たちに感謝しているくらいだ」


 いまさら言葉にしなくても、この三人や幹部のものたちは、レイファーがいずれなにをしようと考えているのかをわかっている。


 王ももう歳だ。そう遠くないうちに崩御されるだろう。

 そうなると、誰がそのあとを継ぐことになるのか。

 レーファーは十分、その地位を狙える位置にいる。


 あの兄たちに任せ、そのもとにつくのだけは御免こうむりたいと、常々思っていた。

 身を守るために手に入れた力が、今はそれ以上の効果をもたらしてくれていることも、重々承知している。


「今は焦らずに、のんびりやるさ」


 ニヤリと笑ったのを見て、三人は目配せをしてうなずき合い、ブライアンが問いかけてきた。


「今日、ここへ私たちを連れてきたのは、その話しと関わりがあってのことですか?」


「いや、この話しは、今日ここへきたこととはまったく関係がない。実は今日は――」


 小屋の片隅で、コトリとなにかが動いた。

 驚いて身構えた三人を制し、明かりの届かない書棚の陰に目を向けた。

 部屋の中に緊張感があふれる。

 含み笑いが聞こえ、面を被ったマントの男が姿をあらわした。


「初めは腕前だけが自慢の粗暴なかただと思っていましたが、やはり思った以上に思慮深い……いささか野心もお強いようですが」


「約束よりもずいぶんと早いじゃないか」


「そりゃあもう、お待たせするわけにはいきませんからねぇ」


「こっちは約束を守ってやって来たというのに、きさまはまた式神か? おまけに立ち聞きとは大した趣味だな」


 目を細めて男を見た。

 昨日とは違う、妙な雰囲気をまとっている。

 なにが起きてもすぐに対応できるように、剣を握った。


 男は机の向こう側で足を止め、ジッとレイファーを観察しているように見える。

 その面のせいで表情も視線の行き先もわからない。


「そうやって、すぐに力に訴えようとする辺りは、やはりジャセンベル人ですねぇ。私のほうに敵意はないと何度も申したはずです」


「俺も、素性も明かさないものの話しは聞かぬと言ったはずだ」


「レイファーさま、こいつは一体……」


 背後でジャックが小声を出した瞬間、面がそちらを向き、またフフッと笑う。

 マントから伸びた左手が面に触れ、おもむろにそれを外した。


 面の下から現れたのは、金髪に翠眼の男だった。

 切れ長の油断のならない瞳が、狼に似て見える。


「――おまえ!」


 男の姿を見たジャックが声をあげて剣を抜き放った。

 張り詰めた糸が切れたように、ブライアンもケインも合わせて剣を抜く。


 男はすばやく間合いを取ると、マントの下から右手を突き出した。その手には杖が握られている。

 突然、耳鳴りがしてレイファーは体が動かなくなった。

 三人も同じようだ。


「だから……こちらに敵意はないんですよ……こんなこともするつもりはなかったんですがね。斬られちゃたまりませんから、しばらくそのままでお願いしますよ」


 どうやら動かないのは手足だけのようで、視線も首も動かすことはできる。

 とはいえ、面白くない状況だ。

 男の姿に反応を示したジャックに、静かに問いかけた。


「ジャック、おまえ、こいつを知っているのか?」


「ええ、こいつはヘイトの軍師、サムというやつです! どうしてきさまがここにいる!」


もと、軍師ですよ」


 ジャックの言葉に、元、という言葉を強調して言うと、コツコツと手にした杖で床を軽くたたいた。


「私はね、このかたと約束をしたんですよ、今夜、お会いするとね」


 サムと呼ばれた男はそう言って近づいてくると、レイファーの顔をのぞき込み、肩を軽くたたいてニヤリと笑った。


「私はちゃんと、あなたの幹部を連れてくれば素性もハッキリわかる、と言ったでしょう?」


 挑発的な笑みを見て、忌々しさに口もとが引きつる。

 三人が必死で動こうとしてもがいているのもわかる。


 あのわずかな隙で、四人を相手に金縛りをかけてくるとは……。

 式神を使うことといい、こいつは術師だったのか。


「まぁまぁ、そういつまでもいきり立つのはやめにしてください。これじゃあ恐ろしくて話しもできませんよ」


「この……馬鹿にしやがって……なにが話しだ! ふざけるのも大概にしろ!」

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