第65話 大国の武将 ~レイファー 2~
「なんというひどいことを……」
その言葉に振り返ると、ルーンが青ざめた顔で立ち尽くしている。
「まったく……王や兄上たちは、一体、俺が何人いると思っているのやら。一人であれもこれもできると思うのかね?」
ルーンをなだめながら、そう言って苦笑してみせた。
「ああまでいうのなら、それに見合った兵と物資を出してほしいものだ。兄上たちも、一度くらい戦線に出てみればいい。椅子に腰をかけてあれこれ言うだけなら、俺にだって簡単にできる」
心配そうにレイファーを見つめるルーンの肩をたたき、急ぎ足で大広間をあとにした。
下女の子――。
幼いころからそう言われ、虐げられてきた。
命の危険に晒されることも、幾度となく味わっている。
それが悔しくて、自らを鍛えて武将としてのしあがってきた。
大陸で兵を率いて三国を相手にしているうちは良かった。
戦果も十分過ぎると思うほど挙げてきたつもりだ。
領土はレイファーが軍に入ったころより大きく広がり、今では大陸の、ほぼ半分を占めている。
王から直々に、泉翔侵攻の部隊を任されたときには、自身の力を持ってすれば、小さな島国など一捻りで済むだろう。
なぜこれまで自国を含め、どこも足踏みをしていたのか。
(楽勝だ――)
そう思った。
それが何度も海を渡っても、今をもって一向に戦果が挙げられないでいる。
大陸での戦争と違って海を渡るぶん、兵も物資も限りがある。
それを差し引いても、あの国の防衛力は異常だと感じた。
城の廊下を出て、軍部に向かって歩き続ける。
「一度でも渡ってみたらわかる。あの大剣使い……まったくもって
「まったくですね。あなたが軍を仕切っていなければ、この国がここまで大きくなることもなかったでしょうに」
中庭に続く柱の陰に、見覚えのない人影が見え、足を止めた。
「誰だ?」
その影は柱の陰から出てくると、レイファーの前にひざまずいた。
「どこの国でも、上に立つものは言いたいことだけを言ってくれて、気楽なものです。こちらの貢献が称えられることなど、皆無に等しい」
表情のない面を被った男が、レイファーのほうを向く。
それを見て、そっと剣を握り締める。
「ああ、お待ちを。私に敵意はありません。争うつもりもありませんよ。それが証拠に丸腰です」
ゆっくりと立ちあがり、男は両手を広げてみせた。
「ふん……武器がないことなど、なんの証拠にもなりやしない」
クスリと笑い、それには答えずに問いかけてきた。
「ロマジェリカの遣いが来たようですね?」
「きさまに答える筋合いはない」
「追い返したのは賢明な判断でしょう」
答えずに黙ったままでいると、男は続けた。
「最も、こちらの国王たちは、そのプライドのためだけに追い返したのでしょうがね」
クツクツと笑っている。
「きさまになにがわかる」
レイファーは抜きざまに男に斬りつけた。
(手応えがない――?)
男がまとっていたマントが落ち、その姿が煙のようにたち消えた。
「式神……か?」
「ひどいことを……私には敵意はないと言ったでしょう?」
声だけがどこからか響いてくる。
「私が今日ここへ来たのは、あなたさまを見込んでお話ししたいことがあるからでしてねぇ」
「生憎だな。俺は素性も明かさず、姿も見せないような
声が途絶える。
数秒、待ってみたけれど答える声は聞こえてこない。
フッとため息をつき、剣を納めると、また歩き出した。
「今は姿を見せられませんが、決して悪い話しではありませんよ」
「聞かぬ、と言ったはずだ」
足を止めることなく歩き続けたレイファーの背中に、声が追ってきた。
「では、最も信頼のできる幹部を数名連れて、あなたさまの大切にしている場所に、明日の夜、十時においでください」
思わず足を止め、周囲を見回す。
「大切にしている場所だと?」
「素性も姿も、そのときに明かしましょう。あらためて断っておきますが、敵意はありませんよ。私のことも、あなたさまの幹部を連れてきていただければ、ハッキリとおわかりになるでしょう」
「なぜ、幹部のやつらが……」
強い風が吹き、腕で顔を覆うように風を避けた。
斬ったマントが巻き上げられ、中庭を舞い、木々の向こうへ消えた。
(大切な場所――? まさかあの場所のことか? どうして知っている?)
レイファーはマントの消えた空を仰ぎ、立ち尽くした。
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