目覚め

第55話 目覚め ~マドル 1~

 夜が明け、陽がだいぶ昇ったころ、マドルはまた麻乃の様子を見に行った。

 部屋のカーテンを開け、窓を開けて空気を入れ替える。

 光が射し込み風が通り抜けたせいか、ベッドのほうからうなり声が聞こえた。


「目が覚めましたか?」


 そう問いかけると、麻乃の体がビクッと震えたのが、布団を通してわかった。

 緊張で身構えている雰囲気が伝わってくる。


 窓を背に枕元に立つとその顔をのぞき込んだ。

 痛みをこらえているのが表情にあらわれている。


「無理に動かずに、しばらくは安静にしていてください。薬が抜ければ体も動くようになりますよ」


 柔らかな口調でそう言った。

 窓から差し込む光のせいで、マドルの姿が良く見えないのか、眩しそうに目を凝らしている。

 椅子を寄せて腰をおろすと、光の加減なのか紅味の差した瞳が、マドルの目をしっかりととらえた。


「薬……なんの……」


「肩に刺さっていた弓矢に、強い睡眠作用のある薬が塗ってあったのでしょうね。頭が痛むでしょう?」


 問いかけると、麻乃は小さくうなずく。


「副作用ですよ。昼前には薬も抜けて楽になるとは思います。ただ……怪我のほうはそれとは別ですから、当分は痛むと思ってください」


「ここは……」


 まだ問いかけてこようとするのを、手で制した。


「今は無理をせずに、もう一眠りしたほうがいいでしょう」


 マドルはさりげなく左腕の印に触れ、麻乃と目を合わせたまま、そう言った。

 麻乃の視線が部屋の中を探るように動いたあと、何度かゆっくりと瞬きをし、また眠りについた。


(少しは良い印象を与えられただろうか?)


 次に目を覚ましたときには、大人しく話しを聞いてもらわなければならない。

 頬に触れ、深く眠っていることを確認してから部屋の戸締りをしっかりとして部屋を出た。


 マドルは部屋へ戻ると側近とともに皇帝のもとへ向かい、明日のジャセンベルへ出す遣いと最後の打ち合わせをした。


 皇帝は庸儀とヘイトの件があったため、ジャセンベルとも簡単に同盟を組めると思っているようだ。


(こんな一方的な条件に、ジャセンベルが首を縦に振るわけがない。しかも皇帝自身が足を運ぶこともなく、遣いのみを出すだけではなおさらだ)


 それをわかっていながら、あえて遣いを出すのは、単純に挑発が目的だ。

 マドルが泉翔へ出たあとに、ジャセンベルには大陸で盛んに動いてもらわなければならない。


 幸いにも、あの国の国王は頭に血が上りやすいタイプらしい。

 できるだけ態度の横柄なものをわざわざ選んで向かわせることにした。

 自分の目で見るまでもなく、ジャセンベルの王族連中が怒り狂う姿が目に浮かぶ。


 すべてが思い通りになると信じて、部屋へと戻っていく皇帝の姿を見送りながら、マドルはほくそ笑んだ。

 これからマドル自身も動くために必要なものはすべて揃えた。

 最後の一つも、今、この手もとにある。


(あとは、いつ、目を覚まし……いつ、目覚めさせるか……)


 急いてはことを仕損じる。

 といって、長くは待てない。

 ここでの時間が長引くほど、うまくいかなくなってしまうかもしれない。

 それでは困るのだ。


(そろそろジェも戻ってくるだろう)


 部屋へ戻り、先のことを考えていたとき、諜報たちが報告に現れた。


「マドルさま、昨夜のことなのですが、庸儀の兵が半数以上、姿を見せなくなったそうです」


「半数以上? それは穏やかじゃないですね」


「このところ、庸儀は貧困や飢え、ジェさまのあのやりかたで、相当な非難の声があがっていたようですから……」


「そこに、ここしばらくのあいだは、ジェさまが我が国へ滞在することが多かったため、逃げる隙を与えたようです」


 深くため息をついた。

 ほしいものを奪い、やりたいことにばかり目を向けて、足もとがおろそかになっているようでは、自分の身も危うくなるとは思いもしないのだろうか。


 それとも、なにかあってもマドルがすべてに手を回し、助けを出してくれると思っているのか。


「あのかたには庸儀に戻って、しっかりと足もとを固め直していただかないと、こちらまで面倒な事態に巻き込まれそうですね」


 麻乃がここにいる今、ジェにうろつかれると邪魔なだけだ。

 このタイミングで事が起こったのは、ちょうど良かったのかもしれない。

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