第47話 ジャセンベル ~修治 2~
「こんなところまで、ご苦労なことだな。わざわざ敵国に侵入してまで、一体、なんの用だ?」
姿を見るだけで、胸糞が悪くなる思いだ。
それでもわざと平静を装った。
それが気に入らなかったのか、ジェの表情が険しい。
「あんたにもう一度、チャンスをやろうと思って、わざわざ出向いてやったんじゃないか」
「チャンスだと?」
ニヤリと笑うと、媚びた表情でさらに数歩、前に出てきた。
無性に腹が立つのを抑えきれず、柄をグッと握る。
それを見たジェの足が止まった。
「そうよ。もう一度言う。私のもとにいらっしゃいな。あんたの腕前、殺してしまうには惜しいのよ。私と来れば、あんたの悪いようにはしないわよ? あんたが言うなら後ろのボーヤも一緒に連れてきたって構わないわ」
(やっぱり、また、それか……)
呆れ果てた修治は、ため息が漏れそうなのをこらえた。
「あんた、頭がおかしいんじゃなッスか? この人が、あんたみたいなオバサンと一緒に行くわけがないっしょ? 殺してしまうって? あんたらの誰がこの人を殺せるほどの腕前を持ってるってんスか? 馬鹿もほどほどにしたほうがいいッスよ、オバサン!」
修治が答えるより先に、岩陰から顔を出した岱胡がそう言い放った。
それにしても、オバサンとは……。
確かに、岱胡の歳からみれば、巧よりも年上に見えるジェは、オバサンに思えるのかもしれない。
こんな状況だというのに、笑いを噛み殺すので必死になってしまう。
ジェのほうは真っ赤になって、憎々し気な視線を岱胡に向けている。
「生憎だったな。答えは前回と同じだ。自分より劣る相手に従う趣味はない。それに俺には、泉翔で俺の帰りを待っている人がいる。こんなところに残る気は、はなからない」
「待ってるってのは……あのチビかい?」
「チビ……? 麻乃のことか……あいつは俺の大事な妹だ」
ククッと含み笑いを漏らしたジェが、ボソリとつぶやいた。
「その大事な妹とやらは、今ごろはほかのやつら同様、リュが始末をつけてるさ」
ジワリと手に汗がにじむ。
嫌でもあの日のことを思い出す。
麻乃に限って、あんなやつに遅れを取るとは思えないが、もしもまた、気を失うようなことがあったら……。
それに、ほかのやつら同様というのはどういうことだ?
推し量るように目を細めてジェを見つめた。
修治のつけた額の傷が、かすかに残っている。
「あんたたちは全員、この大陸で朽ち果てていくんだよ。泉翔はもう終わる。あんたの帰る場所なんてなくなっちまうのさ」
「……一体、なにを企んでいやがる?」
ジェは、それに答えずに、指を二本立ててこちらを睨んだ。
「あんたの選択肢は二つ。私と来るか、ここでくたばるかのどちらかだ。そのボーヤはもうダメよ。初めに素直にいうことを聞いていたら助けてやろうと思ったけど、もう遅いわ」
「……どこまでもくだらないやつらだ。選択肢は一つだ。おまえらを倒して泉翔に戻る!」
なにをそんなに気に入られたのか執着してくる姿が薄気味悪くて、修治は思いきり怒鳴りつけた。
ギリギリと歯噛みしているジェの姿は、これまで歯向かわれた経験が少なかっただろうことを思わせる。
五十の兵を前にして逃げるという行為は難しそうだ。
後ろに控えている岱胡のことも考えて、覚悟を決めた。
「岱胡、そういうことだ、さっさと片づけるぞ」
「高々五十、チョロイもんですよ」
「この私が……これほど言ってやってるのに! 馬鹿なやつだよ! どうしても一緒に来ないっていうんなら、ここで死ね!」
「頼んでもいないことをゴチャゴチャと、恩着せがましくて
ジェが手を挙げて兵たちが動いたのと同時に、一気に踏み込んで斬りつける。
なびいた髪と上腕をわずかにかすっただけで、大きなダメージは与えられなかった。
相変わらず避けるのはうまい。
けれど、避け切れなかったことに驚いているようだ。
「また私に傷を……!」
「今度は額の傷じゃ済まないと言ったはずだ」
向かってくる敵兵を斬り倒しながら、後ろへさがって側近に守られたジェを睨む。
さすがに一人では五十を相手に岱胡へ近づけないようにするのは難しく、何人か岩場に近い辺りまで通してしまったけれど、岱胡のほうも大したもので、次々に敵兵の急所へ弾を当てているようだった。
(これなら……大した時間をかけずに突破できる)
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