第26話 ロマジェリカ ~鴇汰 1~
鴇汰は持ってきた米から三食分を炊き、塩むすびにした。
炊きたてを握ったので、火傷をしたんじゃないかと思うくらい手のひらが熱い。
根菜で煮物も作って容器に移した。
その辺を一回りしてくると言って出ていったきり、麻乃はなかなか戻ってこない。
時計を見ると、そろそろ一時間が過ぎようとしている。
おかしな気配は感じないけれど、急に不安になって探しに出ようと立ちあがった。
木立の中に、チラリと赤い色が見えた気がして目を凝らすと、麻乃の姿が見え、鴇汰はホッと息をついた。
「明日の朝、飯の準備ができるかわかんねーし、多めに作っちまったけど、構わないよな?」
「うん、全然構わないよ。この辺一帯、なにもないみたいだから、もう少し距離を稼いじゃおうよ。暗くなる前に次の休憩場所も探さなきゃいけないし」
そう答えた麻乃に、食事を済ませてから片づけるのを手伝わせ、早々にその場をあとにした。
人が踏み入ることが少ないのか道らしい道がない。
できるだけ川沿いから離れないように走った。
だんだんと近づいてくる山は、枯れ木がうっそうとしていて異様な雰囲気に見える。
岱胡が川岸の右側が、左よりも高いと言っていたけれど、この辺りはまだ変わりはない。
「陽が沈み始めるな、暗くなったら動けなくなりそうだ。この辺でテントを張るか?」
「うん、そうだね」
土手に近い辺りで車をとめて、夜に備える。
遮光タイプとはいっても、本当に明かりが漏れないかを試してみたりした。
陽が落ちるとさすがに少しばかり肌寒くなる。
早めに休んで陽が昇り始めたら出発したい。
ふと見ると、麻乃は土手の上に立ったまま、対岸のほうを眺めていた。
オレンジと紺に染まった空の下で、濃紺の上着が景色に溶け込んでしまいそうに見えた。
「どうしたのよ?」
荷物を置いて土手を登った鴇汰は、真っすぐ前を見つめたままの麻乃の横に立った。
「本当になにもないよね。泉翔じゃあさ、こんなに広くてなにもないところなんて、海岸から海を眺めるくらいじゃない?」
「そういやあ、そうだな」
「ヘイトはさ、わりといくつも集落があるし、森があったり山があったりでね、奉納場所にいくまでに、こんな拓けた土地はないんだよ。あたし……こんなにグルッと地平線を見渡すのは初めてかもしれない」
空を仰いで小さなため息をつくと、こんなに広過ぎる土地に、なにもないのが怖いと麻乃は言った。
「俺はさ、ここにいたのは四歳のころまでで、ほとんどのことは覚えちゃいねーけど、住んでいたのは城から近い街でさ。そっちには当時はまだ緑もそれなりにあって、動物なんかも結構いたのよ。叔父貴に連れられて、小動物を捕まえに行ったり野草を採りに行ったりさ」
「……うん」
「今はどうなってんのか知らねーけど、この辺も昔はそうだったんだとしたら、たった十数年でここまで土地を荒らしたこの国のやつらの気が知れねーな。まぁ、粛清だなんて言って、同じ国の人間を平気で殺すようなやつらだから、もともとロクなもんじゃねーんだろうけどな」
ジッと鴇汰を見つめる麻乃の目を避けるように、横を向いた。
嫌なことを思い出す。
たまたまあの日も、叔父と出かけていた。
出先で大人たちと話しをしていた叔父が、ひどく動揺した様子で鴇汰の手を引いて自宅に戻ったときには、もう両親の姿はなかった。
部屋の中は荒らされていて、なにかが起こったことは子どもだった鴇汰にも容易に想像できた。
ここで待っていなさい、そう言われたのに、なぜあのとき、人波に逆らって歩き出してしまったのか――。
それからすぐに叔父に連れられて、何人かの大人や子どもに混ざって海を渡った。
目に焼きついた光景を忘れられずに憔悴していた鴇汰を慰めるようにそばについていてくれた年上の男の子がいたけれど、そのときの記憶とともに顔も思い出せなくなってしまった。
(今ごろになって、また思い出すなんて……こんな国、奉納がなけりゃあ戻ってきやしなかったのに……)
目を閉じて記憶を振り払うように頭を振った。
「そろそろ飯食って、ちょっと早めに寝ようぜ。明日は陽がのぼる前に出る準備をして、空が少しでも明るくなったらすぐに発とう」
鴇汰は麻乃を急かすように、勢いをつけて土手を飛び降りた。
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