第200話 秘め事 ~麻乃 7~
以前は特に意識しなくても、修治がなにを考え、次にどんな行動に出るのかが、麻乃にはすぐにわかった。
今はまるでつかめない。
修治が窓から視線を外したのを見て、あわてて顔をそむけた。
「では、出港は午前七時、明日は十分に休息を取り、各自、遅れのないよう準備をするように」
上層が全員出ていったあと、いつものように、全員が会議室に残ったままでいた。
意識をしたわけでもないけれど、それぞれが組み合わせ通りに寄り合っている。
「鴇汰、今日はこのまま中央に残るんでしょ?」
「あぁ、なんだかんだであちこち動き回ってたから、隊のやつらといろいろと話しをしとかねーとな」
「そうだよね、それじゃあ入りは当日?」
「まさか。うちのやつらは戻るまで西詰所だから、明日の夕方には、全員でそっちに行くよ」
「わかった。それじゃあ宿舎のほう、すぐ使えるようにしておいてもらうよ」
資料をかばんに詰め込み帰り支度を始めると、なにか視線を感じる。
みんなが自分を見ているような気がして、緊張のあまり全身の神経がピリッとした。
以前のような、苛立ちや腹立たしさは感じないけれど注目されている意味がわからないのは嫌な気分だ。
(あたし……近ごろ、なにか変な行動とかしたっけ? 心配されるようなことはなにもしていないけど……)
心当たりがなにもないまま、立ちあがったところを巧に呼び止められた。
「なに?」
「あんた黒玉、身につけてるの?」
「あぁ、これ……?」
襟もとからいつの間にか出ていた黒玉に触れた。
「だって、こうしていないと失くしちゃいそうな気がしたから」
「そうなのか? こんな高価なもん、うっかり紐が切れて落としたらと思うと、身につけるのも怖いぞ。俺は袋に入れてかばんの底にしまっちまったけどな」
「ええっ? トクちゃんは神経質になり過ぎでしょ? 私はかばんの内ポケットにしまったわよ」
「おまえだって、俺とそう変わねぇじゃないか」
二人のやり取りを見て、麻乃の緊張がほぐれた。
さっきの視線は、黒玉を見ていたのかもしれない。
みんなと話すだけでも身構えてしまうことに嫌気が差す。
これまで取ってきた態度を思えば、関わりを絶たれてもおかしくないのに、誰も変わらず接してくれ、心からありがたいと感じる。
「やっぱりみんな、身につけないんだ?」
「そりゃあ、本当は身につけたほうがいいんだろうけどね、こんな大きさじゃ、落としたときのことをつい考えちゃうのよね」
巧の言葉を聞いて鴇汰を見ると、ほらな、とでもいうように、首をかたむけた。
「あたし、岱胡に同じことを言われてかばんにしまおうとは思っていたんだけど、すっかり忘れていたんだよね。戻ったらすぐにしまわないと、気づいたら石だけなかったなんて、洒落にならないよね」
「そうよ。あんたは移動に馬を使うんだから、私たちより危ないわよ」
「無事に戻ったら、返せ、なんて言われるかもしれないしな」
確かに、徳丸のいう可能性もある。
修治はどうしているんだろうか。
やっぱり身につけずに、荷物と一緒にしているんだろうか?
視線を移すと、ついさっきまで岱胡と話していた修治の姿がない。
穂高、梁瀬と額を寄せ合って話しをしている岱胡に近づいた。
「ねぇ、修治は?」
「明日はゆっくりしたいから今日中に北に移動するって、もう帰りましたよ」
愕然として会議室を飛び出した。
ただでさえ今まででは考えられないくらい、離れていたのに。
ろくに目も合わさず話しもせず、大陸に別々に渡ることが怖い。
麻乃は必死に廊下を走り、軍部の入り口までくると、トラックの前で小坂と話しをしている修治を見つけた。
言葉がなにも浮かばないまま、息を整えてゆっくり階段をおりる。
麻乃に気づいた小坂の視線が動き、それを見たのか修治が振り返った。
「じゃあな」
小坂の肩をたたき、そのまま車に向かっていった修治を追いかけ、シャツの背をつかんだ。
チラッとこちらを見た小坂は、そのまま車に乗り込んでエンジンをかけた。
立ち止り、振り返った修治の表情は驚いているように見える。
「どうした?」
「ん……その……なんていうか……元気だった?」
そんなことが聞きたいわけじゃないのに、口を衝いて出たのは、そんな言葉だった。麻乃はうなだれて目を閉じた。
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