第134話 下準備 ~巧 2~
会議の始まる三十分ほど前。
巧をはじめ、みんなは既に集まっていて、あとは上層が来るのを待つだけだった。
「麻乃さん、来ないねぇ」
隣に腰をかけた梁瀬がささやいてきた。
修治も気になるのか、窓と扉にばかり目を向けている。
しばらくして、急に表からにぎやかな声が響き、みんなで窓の外を見おろした。
軍部の入り口に近い辺りに、大きめの幌付きトラックが停まった。
助手席から飛びおりた麻乃が、幌から顔をだした隊員たちに、なにか指示を出している。
建物に向かって歩き出したところを呼び止められたのか、あわてて駆け戻ると、助手席の窓から伸びた手が、麻乃に資料を渡している。
「今、資料を忘れてこようとしたよね?」
梁瀬がププッと吹き出している。
「前ほど嫌な雰囲気をだしちゃいないが、ここへ入ってきたら、またしかめっ面してんだろうな」
「それよりなんだい? みんなで同じ濃紺の上着を着てるよ」
徳丸と穂高が、身を乗り出して入り口をのぞき込んだ。
「なんだかね、麻乃が着ているのを見て、みんな揃いであつらえたそうよ」
席に戻ると、鴇汰一人だけが、憮然とした表情で机に頬づえをついてうつむいていた。
前回での会議のときに言い聞かせたからか関わらないようにしているふうにも見える。
パタパタと足音が聞こえ、麻乃が入ってきたすぐあとに上層も着き、今日はシタラも一緒だった。
会議が始まるとすぐ、巧は麻乃と庸儀襲撃の報告を始めた。
わざと麻乃が倒れたことと修治が加勢に入ったことを省いて話した。
それでも、久しぶりに規模の大きい襲撃を大した被害も出さずに撤退させたことで、上層からはなんの咎めもなかった。
ホッとした顔の麻乃からは、今日は棘のある感じが消えている。
それでも、まだなにかこだわりがあるのか、誰とも目を合わそうとはしない。
絆創膏を外した頬の傷が少しだけ目立つ。
ほかの浜には侵攻がなかったようで、報告もそれだけで終わると、上層にうながされたシタラが立ちあがった。
「豊穣の儀まで、あと一週間となった。今年の大陸各国への組み合わせが決まったので発表する。各自準備をおこたらぬよう」
全員がそれにうなずく。
「まずは庸儀へ中村と上田、ヘイトへ野本と笠原……」
ゆっくりとシタラの声が響く中、だんだんとみんなの顔が険しくなっていった。
「ジャセンベルに安部と長谷川、そしてロマジェリカに藤川と長田、以上、しかと務めてくるように」
それだけを言うと、シタラはそのまま会議室から出ていってしまった。
上層はシタラの突然の行動にあわてて会議を終了させると、あとを追っていった。
視線を巡らせると、麻乃は机に両肘をついて口を手で覆い隠してうつむいている。
修治はいつものように口もとへこぶしを持っていき、シタラが出ていった扉を見つめて黙り込んでいた。
鴇汰は鴇汰で驚いた表情のまま、椅子の背にもたれて動かない。
そのまま視線を移すと、徳丸と目が合った。
(とんでもねぇことになったな)
その目が、そういっているように見え、巧は顔をしかめてみせるしかなかった。
あんなに不安定な麻乃を修治以外が面倒を見きれるとは、誰も思っていないだろう。
しかも、よりによって鴇汰が相手とは。
巧の考えた手がうまくいけば問題ないけれど失敗したときは本当に最悪だ、と思う。
「なんつーか、ずいぶんと思いきった組み合わせッスよね。俺、ジャセンベルなんて初めてッスよ」
会議室に充満した重苦しい空気を破るように、岱胡の間の抜けた声が響く。
「まぁ、私もこれまでほとんどがジャセンベルだもの。考えてみると庸儀は初めてだけどねぇ」
「今回の組み合わせじゃ、みんなが同じようなもんだろう。まあ、奉納をおろそかにしないように、それぞれがしっかりと準備するしかないだろうな」
シタラの組み合わせは絶対だ。不審に思っても受けるしかない。
「あたし……みんなが迎えに来るから、先に帰らせてもらうよ」
「あ、俺も今日は出かけなきゃならないんで、先に失礼しますね」
麻乃と岱胡が立ちあがって席を離れた。
あとを追おうとしたのか修治が立ちあがり、徳丸、穂高とともに、巧も腰をあげたその瞬間――。
「みんな、ちょっとごめんね」
早口で梁瀬がいい、持っていた杖で机を数回打った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます