すれ違い

第73話 すれ違い ~鴇汰 1~

「結局こなかったわね、あの二人」


「演習初日に会ったけど、二人とも特になにも言ってなかったよ。てっきり来ると思っていたんだけど」


 梁瀬は資料を二部、封筒に入れると、穂高に渡した。


「これ、僕は明日から南詰所だから、穂高さん、修治さんに持っていってあげてくれる?」


「わかった。それにしても、一カ月も潜っていた割に、思ったほどの情報が入ってこなかったね」


 受け取った資料をかばんに詰め、穂高が言う。


「どうかしら? 庸儀の国王が変わったってのが、ちょっと気になるじゃない?」


「ああ、しかも前国王とは血もつながっていないようだしな。どんな経緯があったんだろうな」


 巧と徳丸は、改めて資料を目にしながら考え込んでいる。


「俺はヘイトの情報にある軍と国に軋轢が生じている、ってのが気になるッスね。あそこにはまとまって良く動く部隊がありましたけど、そいつらは今、どうなってるんだろう」


「近ごろうちへの侵攻もほぼないけど、大陸のほうで盛んに動いている様子も全然感じないわよね」


「ロマジェリカのほうはどう思う? 最近、頭角をあらわしてきた軍師がいるって、ずいぶんと若いみたいだけれど」


 全員が資料をめくってロマジェリカの情報に目を通した。

 若い軍師の年齢は二十歳との記載がある。


「こいつがこのあいだの戦争、指揮してたんじゃねーのかな?」


 資料に目を向けたまま、鴇汰は独り言のようにつぶやいた。


「あれだけのことを、こんな若さでやってのけられるものかな?」


 穂高があの日のことを思い出すように、目線を上に向けて考え込んでいる。


「直接目にしてるわけじゃねぇからな。判断のしようがないことがあっても仕方ないとは言え……」


 まったく、相変わらず、なにもかもが腑に落ちない。

 さっきまでの会議では、上層部はこれらの報告を楽観視をしているように思える。


「次の報告があるまではなにも変わらないだろう。ただ、なにか気になったことや思いついたことがあったら、蜜に連絡を取りあって話し合うようにしよう」


 資料を手に立ちあがった徳丸にうながされて、全員が会議室を出た。


「なぁ、明日は何時に出かける?」


 穂高が歩きながら鴇汰に問いかけてきた。


「向こうに昼ごろ着くように、十時くらいに出ればいいんじゃねーの?」


「それじゃあ、少しはゆっくりできるか。鴇汰、夕飯はどうする?」


「今から花丘に買い出しに行くから、そのまま食ってくるつもりだけど、一緒に行くか?」


「行く」


 穂高は足早に車に向かう鴇汰のあとを追ってきた。

 車に乗り込むところで追いついてきた岱胡も、一緒に出かけることになった。

 後部席から、助手席のシートに手を回して、岱胡が身を乗り出してきた。


「聞きました? なんか最近、ガルバスが山の麓のあたりまで出てきてるらしいッスよ」


「ガルバス? 麓のどこら辺に出たんだって?」


「さ~? どの辺ッスかね」


 助手席の穂高は岱胡を振り返ると呆れたような表情を見せた。


「なんだよそれ。ガセとか冗談とかあてにならない情報じゃないのか?」


「違いますって。そのせいで、各演習場のフェンスのチェックをしてきたって、修繕のやつらが言ってましたから」


「へぇ……そういえば、山の周りは演習場があるもんなぁ」


「そうなんスよ。何カ所かフェンスの壊れたところがみつかって、これから修繕作業に入るそうですよ」


「まさか、その出たってトコは西じゃねーだろうな?」


 鴇汰はそれまで黙って聞いていたけれど、不意に嫌な予感がして、バックミラー越しに岱胡に目を向けた。


「でも、西は今、修治さんたちが使ってるじゃないか。もし、西区に出たなら、もっと大騒ぎになるんじゃないのかな?」


「それもそうッスね、出たならきっと、なにか知らせてきますよ」


「そう……だな、考えすぎか」


 ハンドルを捌きながら拭いきれない不安が、鴇汰の胸の奥まで沁み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る