第48話 哀悼 ~麻乃 6~

「マジで? これさ、時間がなくて結構手を抜いたのよ。うまかったんなら良かった」


「手を抜いてこれ? あんたってホントに凄いよね」


 鴇汰は照れ臭そうに笑いながら、自分のぶんを頬張っている。

 ぽつりぽつりと、とりとめのない話しをしながら食事を済ませ、鴇汰がコーヒーを入れてくれたころには、もう時計は十時を回っていた。


「すっかり遅くなっちゃったね。長居して本当にごめん」


「別に構わねーよ。俺が呼んだんだから。明日は昼前に出りゃあいいんだし」


「そっか。じゃあ、寝る時間は十分あるね」


 休んでいるあいだの持ち回りを負担させていることで、体調を悪くされては困る。

 ホッとして言った麻乃の言葉に、鴇汰は片づけをしていた手を止め、不機嫌な顔で振り返った。


「まだ日付も変わってないんだぜ? 少しくらい朝早くたって、まだ寝なくても平気な時間だよ」


「そうは言ってもさ、あたしらのぶんまで持ち回りが増えてるんだもん、睡眠くらいはちゃんと取ってもらわないと心配だよ」


「だから、そういうの全然平気だって言ったろ? 嫌だったら呼ばないし、とっくに帰してるっての。睡眠だってちゃんと取ってるしよ」


 ガチャガチャと音を立てて食器を洗う鴇汰の背中を、麻乃はジッと見つめた。

 麻乃の言葉は、なぜか鴇汰を苛立たせることが多いようだ。

 話していると鴇汰の表情にムッとした色が浮かぶのを、昔からよく見てきた。


 さっきも今もそうだ。

 本当はもっと楽しく話せたら良いのにと、いつも思っている。


(ほかの子が相手なら、もっと鴇汰は笑うのかな……? 一体、どんな話しをするんだろう?)


 どうにもうまくいかなくて思考が変に偏ってしまう。

 麻乃の気持ちは沈んでいく一方だ。

 鴇汰はすっかり片づけを済ませて戻ってくると、改めて麻乃の向かい側に腰をかけた。


「それより、俺、あさってまでの北詰所が終わったら、次の持ち回りは西詰所に一カ月なんだよ」


「へぇ……同じ詰所に一カ月ってずいぶんと長いね。そんなの初めてじゃないの?」


「だよな。みんなも驚いてた。で、西詰所って麻乃んトコから近いだろ? 俺さ、暇なときとか飯でも作りに行ってやるよ」


「ええっ! うちに?」


 驚いてつい大声を出すと、鴇汰は麻乃を見て眉をひそめ、探るようにたずねてくる。


「なんだよ? なにか問題でもあるのか?」


「いや、ホラ、あたし選別があるから家を空けることが多くなるし、それに今、道場に指導にも出てるからさ、来てもいないかも……」


 突然の申し出にうろたえ、あわててそう答えると、急に柔らかな表情で鴇汰が笑い、ドキリとした。


「――どーせ散らかしてんだろ? 家の中」


 見透かしたような目で見つめられ、焦りと恥ずかしさで顔が熱くなる。

 違うと言えないほど、麻乃が部屋を散らかしているのは確かだ。


「大体、おまえんちが散らかってるだろう、ってのは見なくても想像がつくよ。ついでだから掃除もしてやるって。休みか暇なときだけだけどな」


 そう言いながら笑っている。

 笑い合って、楽しくすごせたらいいと思ってはいるけれど、それはこういう感じではない。


 とはいえ、この雰囲気は心地よくて嬉しくなる。

 今さら飾り立ててみせなければならない相手でもない。

 そう思うことにして、麻乃は真っ赤になったまま、黙ってうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る