第21話 古巣での待ち人 ~麻乃 4~

「まあ、いい。今さら言っても仕方のないことだ。まったく、おまえたちは未熟者のうえに大馬鹿ものだ。二人とも、炎魔刀は今日から当分ここに置いていけ。修治は月影つきかげ刀のほかにも何刀か持っているな?」


「……はい」


「麻乃、おまえは近いうちに紅華炎を周防の爺さまにあずけたら、適当に二、三本見繕ってこい。今、爺さまのお孫さんが、結構な得物を打つらしい」


「わかりました」


「今日のところは脇差でいけ。うちの門弟たちはなかなかやるが、おまえの怪我とその得物でちょうどいいハンデになるだろう」


 もう、それ以上の抵抗はあきらめて、麻乃は仕方なしに立ちあがった。


「麻乃、こいつも持っていけ」


「ありがと」


 修治が投げてよこした脇差を受けとって、トボトボと部屋をでると、もう道場の中は空っぽだった。


 表門のほうからにぎやかな声が聞こえ、裏口から表門へ向かった。

 どうやら演習に出るのは十歳以上の子どもたちらしく、人数はそう多くないようだ。


 師範の塚本つかもと市原いちはらが、子どもたちに色分けされた組みひもを配っている。

 十一歳から上にいくごとに、赤、オレンジ、黄色、緑、紺色、水色とわけられていた。


 演習では、組みひもを二の腕に巻き、決められた数だけ奪いあう。

 奪われたものは、その時点で演習終了となり、演習後、ペナルティとして居残りで訓練をさせられる。

 ノルマを達成できなかったものも同じだ。


(懐かしいな……)


 思い返すと、麻乃も修治も一度だって居残りをしたことはない。

 腕を組み、懐かしさに思いをはせていた麻乃の耳に、塚本のとんでもないノルマが飛び込んできた。


「今回はうしろにいる蓮華の藤川が相手だ。おまえたち全員が組みひもを奪われたら、藤川の勝ち。おまえたちのうちの誰でもいい。誰か一人でも、藤川の組みひもの一部でも奪ってくることができたら、おまえたちが勝ちだ」


「ちょっと! 塚本先生! なんですかそのノルマ!」


 説明に驚き割って入ると、塚本は有無を言わさず麻乃の左腕に一番長い組みひもを巻き、小声でこたえた。


「麻乃、高田先生がな、これで負けるようなことがあったら、今夜のメシは抜きだって言ってたぞ。うちの門弟たちはなかなかやるからな。怪我をハンデだと思って気を抜くと、足もとをすくわれるぞ」


「夕飯抜きって……本気ですか?」


 愕然としながら聞き返すと、塚本の向こうからヒソヒソと子どもたちの声が聞こえてきた。


「蓮華だっていうけど、手負いじゃんか。弱いんじゃねえの?」


「それにオバサンだぜ、オバサン!」


「俺たちよりチビだしな」


「全然、強そうじゃねえじゃんか」


「男のほうじゃなくてよかったな。楽勝かもよ」


 それを聞いて、塚本が思いきり吹きだした。

 見れば離れたところで、市原までニヤニヤと笑っているじゃないか。

 あまりのショックに茫然と立ちすくむ麻乃に、塚本がさらに追い打ちをかけてきた。


「あー、おまえ相当なめられてるなぁ。強そうに見えないってよ」


(オバサンって言った? 修治のほうじゃなくてよかった? 楽勝だって?)


「二分後にスタートだ。時計を合わせろ。おまえたちが森に入ってから、十分後に藤川が入る。終了は四時間後だ。気合いを入れていけよ!」


 全員が時計を合わせ、市原がスタートの合図に大太鼓を鳴らすと、子どもたちは一斉に森へと駆け込んでいった。


(言いたい放題、言ってくれやがって――)


 修治の脇差と麻乃の得物を二本、腰の後ろでベルトに挟んだ。


「全部で何人ですか?」


「今日は五十二人だ。手加減はなしでいくか?」


「やだなあ、塚本先生。あたし一応、大人ですよ。しかも怪我人ですもん、手は抜きますよ。でもまあ、しっかり勉強はさせてきますから」


 フン、と鼻で笑う。


「格の違いってもんを教えてやろうじゃないの」


 麻乃はそっとつぶやいた。

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