蓮華

鎌目秋摩

島国の戦士

はじまりの刻

第1話

 ――昔。


 周囲を山や谷、川と海に囲まれた小さなこの国。

 人々は土地を耕して育み、皆が静かにつつましく暮らしていた。

 国の中心にある森の泉のほとりには、古くから人々が信仰する女神さまをお祀りしていた。


 祭事は選ばれた巫女たちが執り行い、春先には作付け、秋の収穫時期、また、気候による注意すべきことを、女神さまのご神託として伝えてくれた。


 その甲斐があってか、あるいは女神さまの土地を守る力のおかげなのか、まれに不作の年があっても、人々が飢えるほど困ることはなかった。


 そうやって長い間、この国の人々は平穏に幸せに過ごしてきた。

 

 年月がたち、やがて人々は山や谷を越え、別の国の人々と交流するようになった。

 往来しやすいように谷や川のあちこちに橋が掛かると、突然やって来たのは甲冑をまとい武器をたずさえた冷酷な兵士たちだった。


 資材や食糧を奪いつくし、男手を中心に多くの若者が連れ去られてしまった。

 残された年寄りや女、子どもへの手荒い仕打ちや殺りく――。


 これまで争いとは縁のなかった国の人々は、あらがう術も知らず、なすがまま、抵抗することもできずにいた。

 悲しみに暮れながらも荒らされた田畑をもう一度耕し、これまでの生活を続けることしかできなかった。


 ところが、ようやく落ち着いたと思えるころになると、またほかの国の兵士たちがやってきては、すべてを奪い去ってゆく。


 蓄えも底をつき、人々の暮らしはいよいよ立ち行かなくなってきた。

 困り果てた人々は兵士たちが去ったのち、ひそかに他国の様子をのぞきに行った。


 そこにあったのは木々や草花が枯れ果て、ろくに動物もいない、広大な大地だった。

 自分たちの国とあまりにも違うことに、ただ驚いた。


 こんなにも荒れた土地では作物も育たず、この国に奪いに来るのも当然だろう。

 だからといって、これまでのように奪われ、殺されてしまうだけではたまらない。

 抵抗しなければならないけれど、どうしたら良いのかわからず、人々は悩むばかりだった。


 そんなとき、一人の巫女がご神託を受けたと言って立ちあがった。

 

「明日の夕刻、連れ去られた多くのものたちが、女神さまの御力を借りて戻ってきます。その夜は全員が家の外には出ないように」

 

 これまでも巫女を通してご神託を受けてはいた。

 けれどそれは、作付けや収穫の時期にすぎない。


 人々に女神さまを信じる思いはある。

 それでも、これまでとはまったく違う巫女のお告げに誰もが半信半疑でいた。


 翌日、夕刻になると、本当に連れ去られた多くの若者たちが戻ってきた。

 人々は喜びあい、そしてご神託のとおり、それぞれが家にこもった。


 深夜になると強い嵐にみまわれ、大きな地震が起こった。

 誰もが怯えながら眠れぬ夜を過ごし、嵐の去った翌朝――。


 東側にあったはずの山がなくなり、北側と南側の谷は砂浜に、西側の海岸は深く切り込まれた入り江に変わっていた。

 

「女神さまは持てる力のすべてを使い、この島をかの地より引き離しました。これでもう無益な争いに巻き込まれることはなくなるでしょう」

 

 巫女はそう言う。


 けれど――。


 一度連れ去らたものたちは、そうは思わなかった。


 彼らは言った。

 かの地には、この国以外に四つの国があった、と。


 それぞれの国にも、同じように守神さまの信仰が残っていた。

 しかし、争いばかりを繰り返しているあいだに、どの国の人々も守神さまを祀ることさえしなくなったという。


 神は皆、眠りについてしまったのか、守護の力を感じることもないそうだ。


 荒れ果て枯れる一方の土地を、わずかな糧を求めて四つの国が奪い合いを繰り返している。

 そんな彼らがこの国をみつけ、自分たちの命をつなぐのは豊かなこの地だけだと信じた。

 そして手に入れるべく新たな争いを始めたのだ。


 ある日、突然に消えたこの国を、彼らが放っておくだろうか。

 探さないとは思えない。

 今すぐではなくとも、いずれ必ずここへたどり着くだろう。

 

「今までのように、のんびりと暮らしていくだけでいいのだろうか?」


「もしもまた攻め込まれたら――?」

 

 島の人々は何日もかけて考えた。

 そしてついに決意した。


 いずれまた来るかもしれない侵略の手に怯えながら暮らすのではなく、この身を鍛え、いざというときには命を賭してもこの国を守る、と。


 そう決めたとき、巫女がまたご神託を受けた。

 

『十六の歳に洗礼を受けたものの中から戦士を選び、三日月の守護印を授けます。そして印を受けたものが迷わないように、率いる力を持つものを八人選び、蓮華の花の印を授けます。ただし、これは守る思いにのみ発揮される守護の証しです。決してそれ以外のことに向かわないように。毎年、収穫の時期には収穫祭を執り行い、大陸に眠る女神さまの兄神さまのもとへ蓮華の印を持つものが奉納に行くこと。それを守ることで、守護の力を確固たるものとします』

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