あんたが悪役令嬢に……!?

富升針清

第1話

「やあ、兄弟。悪いけどこの会議書に印鑑くれない?」

「やあ、兄弟。印鑑って平成までに消え去るべき文化じゃないの?」


 会議書を抱えたシルクハットの男と、珍しくパソコンに齧り付いてる髭の男が二人。


「一応、管轄外の年号は伏せておいてくれるか?」

「印鑑文化そもそもアメリカにないだろ。何言ってんの」

「ここアメリカではないだろ」

「え? なに? まさかここ、ヨーロッパのつもりなの? 印鑑じゃなくて、シーリングスタンプ? 蝋燭、百均のハピバ蝋燭しかないけどいい?」

「ヨーロッパに百均ないだろう」

「え。あんた、百均知ってんの? マジ? 解釈違いだわ」

「百均ぐらい知ってるさ。よく行くよ」

「貴族が!? 悪魔で、貴族で、シルクハットまで被って会社来るのに!? 実家、馬車じゃん! 馬車で百均いくの!?」

「馬車で何処行ってもいいだろ。それに、母上は馬車でイオンモールにも出かけられるぞ。そもそも貴族も何でも百均にはなにも関係ないだろ」

「いや、大問題だ。ナーロッパでは処刑対象になってしまう」

「馬車でイオンや百均行くだけで!? 恐ろしい国だな」

「ああ。因みに、まさかだとは思うが……、あんたその馬車でマツキヨなんて行ってない?」

「……行くよ。Dなポイントがつくし」

「ああ! 神よ! なんて事だ!」

「地獄の悪魔のオフィスで天に向かって神よと叫ぶ方がなんて事だよ」

「ここがナーロッパだったら国が一つ消滅していた」

「なんて事過ぎる」

「貴族で、悪魔で、首から上が山羊で親は大公爵クラスの悪役ボンボンポジがそんな庶民派では、民意を得てしまう……」

「悪役ポジもなにも悪魔全体が悪役ポジだろ」

「よしっ! テコ入れをしよう」

「こちらは君の額に焼き入れしたいんだが?」

「あんたは今から悪役令嬢になるべきだ」

「君の上司から令状を取ってくるぞ?」

「そして、転生だ。君は過去の記憶を持って生まれ落ちている」

「地上ができる前から既にいるのにそれより前の記憶要る?」

「この世界はあんたが生前よくプレイしていたPSP版に移植されたタイトルで、追加攻略キャラがいる乙女ゲームの世界だ」

「だから地上が出来る前から産まれてるから。PSP追い越しちゃってるから」

「そしてあんたの前世は仕事に疲れたOLで過労で倒れてトラックに轢かれた」

「過労になるなら今だよ」

「そんな前世のあんたはこの世界で悪役令嬢役の山羊頭に産まれ変わる」

「悪役令嬢の反対語の悪魔令息だが?」

「ここであんたは、自分が死なないためにひっそりと暮らすためにあまり目立たぬよう生きようとする」

「君が今目の前いる時点で計画が破綻してるじゃないか」

「だからこそ、派手な豪遊を控えて、ひっそりと百均とかイオンモールで買い物するんだ。どうだ? これならしっくりくるだろ? 悪魔で貴族で山羊頭で親が大公爵クラスのボンボンでネットフリックスも契約してる馬車持ちの君が、百均にもイオンにも行くのも」

「ああ。はちゃめちゃで、めちゃくちゃで、何の根拠も真実も時間的概念もないクソみたいな説を考えてくれてありがとう。聞いてる間、お陰で今日のスケジュールを確認出来たよ」

「お礼はいいよ。私はナーロッパの悪役令嬢じゃないからね」

「君ではなく、そんなくだらない話を聞いたこちらに対してのお礼を頼むよ。ほら、さっさと印鑑を押すんだ」

「あ、印鑑ね。えっとね……」


 よくわからないものや書類でぐちゃぐちゃの髭の男のデスクの上をみて、シルクハットの男はため息をつく。


「こういう場合、ナーロッパではどんな罰を?」

「三日ぐらい時間をあげましょうの罰を言い渡すのが法律で定められてる」

「成る程、君をぐちゃぐちゃにして血判させる刑か。ナーロッパ、悪くないじゃないか」


 そう言って、山羊頭の目が三日月形にぐにゃりと曲がった。

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