第7話 優勝候補③
ずっと同じ場所にいると、殺人鬼達に位置情報が行ってしまうから、ゲームの時間帯はただ隠れてやり過ごすというわけにはいかなかった。
朝のミーティングを始める。今日のゲーム開始時刻まで、あと二時間。各々スマホを取り出した。オレはネックストラップが嫌いで、早々に首から外してジーンズのベルトループに結んで普段はポケットに仕舞っていた。今ではみんなオレの真似をしている。
支給されたスマホで、アイテムボックスの位置がわかる。でもそれは全員に同じ地図が配られているわけではない。だからこの三日間、全員の地図を照らし合わせて各ボックスを回ってきた。残念ながら、別の参加者に先に中身を奪われてしまっていることもある。
なぜ優先的にアイテムボックスの探索をしているかというと、ボックス内のアイテム自体も必要だが、それ以上に各ボックスに必ず1枚入っている『睡眠カード』が重要だった。八日目から始まる夜間の襲撃時間帯に使用できるアイテムで、これがあれは七日目までと同様に夜は安心して過ごせる。
このカードをなんとしても人数分かける七日分は確保したかった。
だから、四日目の今日も昨日までと同じように、まだ確認していないアイテムボックスを探しに行く予定だったが、あのキモイクズのせいで予定が大幅に変わることになる。
「それもいいと思うんだけど、そろそろPvPを仕掛けてくるプレイヤーいると思うんだよね」
オレが『PvP』がわからずにいると、ゲームに詳しい雄平が『プレイヤー対プレイヤー戦』のことだと教えてくれた。そんなことしてくる奴いるのか? 自分がクズだからって他人までクズだと思うなよ。女子達も奴の発言に怯えている。だけど、正樹も雄平もキモイクズの意見に肯定的だった。
「この街さ、概ね実際の渋谷に準拠してるし、想像通りなら知ってるミリタリーショップに似た店があるはずだから、そこ行ってみたいんだけど」
皆で顔を見合わせる。ミリタリーショップって、モデルガンとか偽物売ってる店じゃないのか。
「でもエアガンじゃ太刀打ちできないんじゃ……。ハッタリには使えるかもしれないけど」
雄平がおずおずと口を開く。そうだ。そうだ。それに仮にプレイヤーにはハッタリが通用したとしても、実弾を撃ってくる殺人鬼達には意味がない。
「いや、改造して弾速を上げる。この状況じゃ違法改造のレベルの速度出しても罪に問われるわけないし」
オレは絶句して言葉を失った。顔色一つ変えずに法律を犯そうするコイツが心底気持ち悪い。倫理観ゼロかよ。
「まぁ実際にミリタリーショップが本当にこの街に存在してるかわからないし、君達は引き続きアイテムボックス探してもらって、俺と真波さんで見てくるってのはどうかな?」
怒りで首筋がゾワッとした。また二人っきりになって真波さんを襲うつもりかもしれない。真波さんの方を見ると、気まずそうにすぐに目線を逸らされてしまった。奴がいないところなら真実を話してくれるかも。オレは奴の人員の割り当てに口を挟んだ。
「雄平も詳しいみたいだし、真波さんじゃなくて彼と一緒に行くのはどうですか? 雄平はそれでもいい?」
急に指名されて雄平は驚いた顔をしたけど、モデルガンに興味があるようで頷いてくれた。それから
「私もミリタリーショップの方に行ってみたい」
それを聞いてクズは眉をひそめて、わかりやすい困り顔をした。お前の野蛮な犯罪はオレが止めてやる。奴と少しの時間でも離れられるんだ、真波さんも安心しただろうと彼女を見ると、逆に酷く不安そうな顔で奴の袖を引っ張っていた。もしかして暴力で支配されているのかもしれない。うちの母親みたいに。
母は父の顔色ばかりうかがっていた。父は外面は非常に良かったが、家では母とオレに手を挙げるクズだった。オレが成長すると仕返しされるのが怖いのかオレには手を出さなくなったが、隠れて未だに母に暴力をふるっている。どうしても女性や子供に暴力をふるう奴は許せない。
オレは腕を組んで、与太郎を睨みつけた。奴は溜め息を一つつく。
「ちょっと二人で話してきていいかな?」
奴は袖を掴んでいる真波さんの手を取ると、オレ達にそう断ってジムの奥の方へ消えた。本当は心配でついて行きたかったが、さすがに踏み込み過ぎだろうと自分を抑える。十五分して戻ってこなかったら様子を見に行こう。
十五分が過ぎて、いい加減様子を見に行こうとしたら、二人は帰ってきた。
でもオレは戻ってきた彼女を見て頭に血が上る感覚を覚える。
なぜなら、真波さんのキレイな薄い茶色の目は泣いたように赤くなっていたし、服も着崩れていたし、そしてなにより殴られて口が切れたのか唇の端に血がついていたから。
◇◇◇
二人でとりあえずジムの奥にある女子更衣室に入った。なんで女子トイレに引き続き女子更衣室なのかといえば、男子用ってもう想像しただけで臭い気がするから。
二人きりになれた途端にマナミさんが叫ぶ。
「ヨタ君どうしよう!!」
俺も困ったよ。どうしようかね。翔太くんにイチャイチャする気なのバレちゃったのかなぁ。両手で彼女の小さな顔を包み込んで、なるべく優しく問いかける。
「マナミさん、我慢できそう?」
すると、彼女の琥珀色の瞳にみるみると涙がたまった。ああ、ヤバイな、これ。実はタチバナさんから俺はある指令を受けていた。それはマナミさんの殺人衝動を抑えること。
ちょっと時間を巻き戻そう。二日目のことだ。ペナルティで裏方になった彼女は、二日目時点での一番人気のプレイヤーがいるグループに一人で内通業務で潜入したが、ものの数時間でグループ全員殺してしまった。
だからタチバナさん的には「殺したくなったら、とりあえずヨタロー君でも殺して我慢しなさい」ってことなのだ。俺に言われたくないだろうけど、あの超オッパイ倫理観ゼロかよ。いやマイナス値だよ。倫理観が地面にめり込んでるよ!
とにかく、今ここで彼女に単独行動させるのは非常に危険だった。翔太くん達の
ひとまず俺は服の袖で彼女の涙を拭いた。
泣いているマナミさんもエロくて可愛いなぁ。事態の緊急性をよそに、急に欲望が頭をもたげる。キスしようかなと、彼女のプニプニの唇を親指の腹で触っていたら、彼女は俺の親指を舐めて口の中に入れてしまう。俺は彼女の歯を親指で撫でた。
そして、彼女は濡れた瞳で俺をジッと見つめたまま、俺の親指を奥歯で噛む。
本気噛みだった。肉が噛み切られて、歯と骨が当たる感触。彼女の口の端から血が流れる。死に過ぎて、ほとんど痛覚がマヒしてる俺だけど、マナミさんの中のコントロールできないほどの強い衝動を感じとって、思わず心が痛くて顔をしかめた。
彼女は噛む力を緩めると、親指から俺の血を舐めとって、ゆっくりと嚥下する。俺は潰れた親指を彼女の口からズルリと抜き取り、彼女を抱きしめた。
「マナミさーん、俺、勃っちゃったんだけど」
腕時計を確認する。あんまり帰ってこなかったら翔太くん達が心配して、様子を見に来るかもしれない。制限時間あと
「マナミさん、先と後どっちがいい?」
彼女は俺の首に腕を回して、俺にキスしてから殺すのは「あとがいい」と切なそうに答えてくれた。
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