ぐちゃぐちゃも美味しい

オビレ

第1話

「うわあああああ!!」

「きゃあああああ!!」


 俺と長谷川はせがわは今、冴え渡る青空のもと、おそらく巨大であろう生物に追いかけられている。

 俺は今日、十五歳になった。なぜ誕生日に「死」を感じながら走っているのだろうか。ついさっきまで学校にいたのに……。


 今日の昼休みのこと。俺はB棟裏に行った。隣のクラスの長谷川に呼び出されていたからだ。

 B棟裏というのは、俺の中学校では有名な告白スポットだ。

 だから俺は、自分で言うのもなんだが、これから告られる気満々でいた。


 B棟裏に着き、長谷川を見ると、彼女はリュックを前に抱えていた。

 登下校時以外に学校でカバンを持っているやつを見ると、不思議な感覚を抱く。


「ごめん、お待たせ……って、リュックどうしたん?」

「……これは」


 長谷川が何かを言いかけた時、突然周りの景色が変わった。


「はっ!?」

「えっ!?」


 周囲に建物らしい建物はなく、地面はグラウンドのような硬い土で、辺り一面には青空が広がっている。


「え……はい?」


 把握できない状況に追い打ちをかけるかのように、


オーーーン! オーーーン!


 突如、どこかから謎の鳴き声が聞こえた。

 俺たちは周囲を見渡した。

 すると、遠くの方に何かが見えた。


「長谷川! あそこ!」


 俺はその何かを指さした。

 すると、小さな地響きがし始め、その何かがどんどん大きく見えてくるじゃないか。

 

「うわあああああ!!」

「きゃあああああ!!」


 俺たちはほぼ同時に叫び、それに背を向けて走り出す体勢に入った。

 走り出す際、とっさに長谷川の手を掴んだ。

 彼女を引っ張るように無我夢中で走る。


「はぁー……はぁー……長谷川! リュック捨てろ! 重いだろ!」

「はぁっ……はぁっ……ダメっ!!」

「はっ!?」


ドッドッドッドッ ドッドッドッドッ! ドッドッドッドッ!!


 どんどん足音が大きくなる。

 俺の頭に”死”という文字がよぎった。

 その直後、前から何かが飛んできた。

 突然のことに避けることが出来ず、その何かが俺の腹に直撃した。


「うおっ!?」


 すると、当たったのと同時にまた景色が変わった。

 どこか別の場所にとんだようだ。


「はぁ……はぁ……助かった……はぁ……はぁ……」

「はぁっ はぁっ はぁっ はぁっ」


 俺もそうだが、長谷川の息の方がかなり荒い。

 

 呼吸を整えていると、足下に紙袋が落ちていることに気付いた。前から飛んできた何かは紙袋だったらしい。

 中を覗くと何かが見えたので取り出すと、それは長方形の箱だった。見た目はデパ地下で売っているチョコレートの箱に似ている。


 蓋を開けると、中には何も入っていない代わりに、底に文字が書かれていた。


”紙袋を拾え”


「紙袋を拾え? 何だよそれ……」


 意味はわからないが、とりあえず紙袋がこの状況を脱するための鍵、つまり元いた場所に戻るために必要なアイテムだと感付いた。


「長谷川、リュック貸して」

「はぁ……ごめん……はぁ……大事な物が入ってるから捨てたくない……はぁ……」

「違う。俺が持つから」

「えっ……! はぁ……はぁ……」


 長谷川がリュックを降ろし、それを俺が受け取ろうとしたその時、


ギィヤァアアアアア!!!!


 聞いたことのない凄まじい叫び声が俺たちの耳に飛び込んできた。

 瞬時に後ろを振り向くと、またもや何かはわからないが、何かが遠くからこちらに向かって走ってくるのがわかった。


「またかよぉー!!!!!!」


 俺は素早くリュックを背負うと、長谷川の手を掴んで走り出した。


 チラッと後ろを振り返ると、例の何かと俺たちとの距離が、ものすごい速さで縮まりつつあることがわかった。

 先程の何かよりもさらに速いらしい。

 加えて、長谷川の足はどんどん重くなっているように感じた。


嘘だろ俺死ぬのか?


 そう思った時、前方に何かが落ちていることに気づいた。

 それが紙袋だとわかった瞬間、全身に力がみなぎった。

 俺は立ち止まり、即座にその場に屈むと、叫んだ。


「乗れ!!!!!!」


 長谷川が背中にかぶさると、俺は立ち上がり、紙袋めがけて走り狂った。


「ぅおおおおおおおお!!!!!!」


 どこまで謎の生物が近づいて来ていたのかはわからないが、なんとか襲われることなく紙袋を掴むことができた。

 掴んだ瞬間、一瞬にして景色が変わった。

 またしても、別の場所にとんだようだった。

 俺は長谷川を乗せたまま地面に倒れ込んだ。


「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ」


 今度は俺の息がとんでもないことになった。



「はぁ…………はぁ~…………」

 

 しばらくすると、荒い呼吸が落ち着いてきた。そろそろ動けそうだ。


 周りには巨大な岩がたくさん見える。というより、岩しかない。

 俺たちはなんとか力を出し、ハイハイするような動きで一番近くの巨大な岩のもとへ行き、背中を付けるようにもたれかかった。


「死ぬかと思った……まじで……やべぇ……」

「うぅ……何がどうなってるの? どうしたらいいの……」


 長谷川の目から涙が出てきた。


「うっ……ごめん……泣いてる場合じゃないのに……うっ……私たち死ぬのかな……」

「……死なねぇよ。死なねーから!」


 俺は紙袋のことを思い出し、慌てて中を確認した。

 前回と同様に、長方形の箱が出てきた。


 それを開けようとした瞬間、


ギィヤァアアアアア!!!!!!!!!!


 信じられない程大きな叫び声が聞こえた。

 声の特徴から、先程のあいつと同じか、同じ種だと悟った。

 近くにいるようだ。

 

 俺たちは息をひそめた。


 岩に背中をぴったりつけたまま、何も音を出すまいと、ただ呼吸だけをするように努めた。

 しばしの後、俺たちの目は同時に見開くことになる。

 前方の少し離れたところにある岩と岩の間に、例のそいつが出てきたのだ。


 そいつは体中に無数のトゲが生えたような生き物で、犬や猫のような四足歩行ではなく、人間と同じ二足歩行で移動している。

 こちらには気付かず、そのまま通り過ぎていった。


 このよくわからない世界で、初めて動く物の姿をはっきりと目で確認した俺たちは、きっと同じような事を思ったに違いない。



気持ち悪ぃ……勘弁してくれ……



 そう思った直後、その得体の知れない生物が俺たちの頭上および背後から、前方に現れた。

 おそらく、そいつは俺たちがもたれかかっている岩の上からジャンプしたのだろう。

 そいつは、くるっと振り返ると、俺たちをじっと見ている。

 先程見えた姿は横向きの姿だったため、初めてそいつの顔を見たわけだが、気持ち悪いを通り越しておぞましかった。


 一応、ヒトと同じように、目と鼻と口があるように見えた。

 そいつがその口元をにた~っと横に広げた時、俺の顔が勢いよく左に向けられた。長谷川の両手によって。


 俺の顔が横に向くと、長谷川の顔のドアップが目に映った。

 目に映ったのが長谷川の顔だと脳が理解すると同時に、俺の唇に長谷川のそれが勢いよくぶつかった。

 その直後、景色が変わった……はずだ。

 なぜ曖昧かというと、俺と長谷川の顔が、唇を中心にしてしばらくの間繋がっていたからだ。


 顔の繋がっていた部分が離れた後、俺たちは元いた場所——B棟裏に戻ってこられていることに気付いた。


「……あっ!!」


 俺は辺りを見回した。


「……えっ!! ここ……」


 長谷川はそう言うと、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「あぁ……よかった……うっ……帰ってこられたっ……」


 長谷川の目から涙が流れ出た。その表情からは、安堵と嬉しさが伝わってきた。


 俺もその場に腰を落とすと、めいいっぱい空気を吸い込み、大きなため息を吐いた。

 すると、すぐそばに、開けようとして開けられなかった例の長方形の箱があることに気付き、俺は蓋を開けた。

 中には何も入っておらず、またしても底に文字が書いてあった。



”キスしたら元の世界に戻れるよん”



 最後の”よん”に苛立ちを覚えつつも、生きて帰れたという喜びの方が強かったためか、なんだか笑いがこみ上げてきた。

 長谷川もつられたのか、一緒になって笑った。


「あ、そうだ」


 俺は立ち上がり、近くにあったリュックを拾うと長谷川に差し出した。

 長谷川も立ち上がると、リュックを受け取った。


「ありがとう」

「おう」

「あっ! 迫田さこだ……誕生日おめでとう!」

「おお! そうだった……ありがとう」


 長谷川はリュックを開け、中から小さい紙袋を取り出した。


「実はクッキーを渡したくて……手作りなんだけど、迷惑じゃない?」

「えっ! 全然! めっちゃ嬉しい!」

「本当? よかったぁ……」


 嬉しそうな長谷川の顔が、紙袋の中を確認した後、悲しげな顔に変わった。


「うぅ……ごめん……」


 そう言うと、彼女は中から出した透明な袋の一つを俺に見せた。

 袋の中のクッキーはぐちゃぐちゃになっていた。

 

「いやいや、長谷川のせいじゃねーじゃん。あんだけ走ったんだから、そりゃそうなるって! ってかそれならリュック持ってた俺のせいだわ」


「違うよ! そんなわけないじゃん……リュック、すぐに捨てなくてごめんなさい。最低なことに、途中からリュックなんてどうでもいいやなんて思ってたのに、迫田はあんな死が迫った状況でも捨てないでいてくれた……本当にごめんなさい……ありがとう……」

「ううん。教科書とか全然入ってなくて軽かったから、途中から背負ってることわすれてたし、そんな気にすんなって」

「……うん……」


 長谷川は顔を上げ、俺の目を見た。


「……ここに呼び出した時点でばればれだったと思うけど……私、迫田のことが好きです」

「……ありがとう」


「ごめんね、キスしちゃって……。好きな人とキスもしたことないのに死んでたまるか! って思ったら体が動いてた……。こんな好きでもない女子からキスされたなんて、最悪だね……」

「何言ってんだよ! 最悪なわけあるかよ。長谷川がキスしてくれてなかったら俺たち今頃どうなってたかわかんねーし、てかそういうの抜きにして俺は長谷川とキスできてすんげー嬉しいんすけど?」


「……へっ!?」


 とても驚いた様子で彼女は俺を見つめた。


「俺、今日長谷川の彼氏になるつもりでここ来たんすけど」

「……うそ…………ほんと?」


 俺は彼女の顔を両手で挟んだ。


「ほんとに決まってんだろ」


 そう言うと、彼女の目が綺麗に輝いたように見えた。


「さっき、好きな人とキスしたことないって言ってたけど、あのキスが初めてだった?」

「……うん……」

「そっか。じゃあ、彼氏とするキスはこれが初めてってことだな」


 そう口にすると、俺は長谷川に優しくキスした。

 キスした後の彼女の顔が可愛すぎたので、俺はすぐにもう一度唇を重ねた。

 今度は、先ほどよりも長く、そしてほんの少しだけ深いキスだ。



 放課後、俺たちは一緒に帰り、コンビニに寄った。一個ずつヨーグルトを買うと、イートインコーナーに入った。

 俺は長谷川からもらった、ぐちゃぐちゃになってしまったクッキーをヨーグルトの中へ入れ、スプーンで混ぜた。長谷川のヨーグルトも同じようにした。


「「いただきます」」


 二人で同時に、さらにぐちゃぐちゃにヨーグルトと混ざり合ったクッキーを、口へ運んだ。


「うまぁ!!」

「美味しい!!」


 俺たちは顔を見合わせ、くすくすと笑った。


「「幸せだな(ね)」」


 今度は同じような言葉をハモると、


あはははは!


 と、幸せそうな俺たちの笑い声が、楽し気に響いた。 fin

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