Fortune

yokamite

Look on the bright side

 ──俺は、途方もなく不幸な男だ……。


「おい、危ねぇだろうが! 気をつけろ!」


「はぁ……。すみません……。」


 深々と降り積もる雪の中、俺は今、とても法定速度とは思えないような高速で横断歩道に突っ込んできたトラックに轢き殺されかけたが、車両はすんでの所でブレーキが効いて、踏みとどまった。


 俺はこのままでは学校の授業開始時刻に間に合わなさそうだったので、かなり急いでいた。そのため、信号が黄から赤に変わってから急いで渡ろうとした俺にも問題があるのは自覚しているし、反省すべきだろう。ただ、滑りやすく危険な雪道を前方不注意かつアクセル全開で飛ばしていたトラックの運転手から、一方的に怒声を浴びせられるのは納得がいかない。でも、そんなことはどうでも良い。白い溜息をひとつ、俺は再び走り出す。


 ──いつもそうだ。俺は、不幸な人間なのだ。


 俺にとっては、このように突如として命の危機が訪れることは日常茶飯事だ。その他にも俺を苦しめる不運は五万とある。俺はこの生まれ持った容姿のせいで男女共に人気が高く、学校に行けば同級生から黄色い声で話しかけられる。だが、はっきり言って迷惑だ。1人でいる時間が何より大切な俺にとって、次から次へと引っ切り無しに話しかけられてその度に愛想笑いを強いられるため、俺は自身の持つ生来の容姿を常に恨んでいた。


 俺は自己研鑽の一環として、毎日のように勉学に励んだ。だが、どれだけ真面目に勉強に打ち込んで定期試験で結果を出しても、俺の希望を無視してより良い学校への進学を望む親や教師からの期待が重荷になっていく一方で、全く良いことなどない。自ら努力をしようとしない同級生に、頭が良いからなどと勝手な決め付けで推し量られた挙句に勉強を教えてくれなどと図々しい頼み事を毎日のように聞かされるのも鬱陶しい。


 ──俺は、我が身に降りかかる不幸の連続を呪った。


 そして今、俺の隣できいきいと甲高い声を上げている同級生も、俺の不幸の種の1つだ。


「ちょっと、聞いてるの!? この私がさっきから『おはよう』って言ってやってんのに、何で無視するのよ……!」


 全力疾走する俺の横でぜえぜえと息を切らしながら並走して、厚かましく話しかけてくるこの女は俺の幼少期からのご近所様──所謂幼馴染という奴で、たったそれだけの腐れ縁にもかかわらず、毎朝こうしてばったり出会でくわしては話しかけてくる。迷惑なので、二度と話しかけられないように最近は無視することにしているのだが、それでもしつこく話しかけられるのは、俺の不幸体質故なのか。


「はいはい、おはよう。それで、俺に何の用なんだ?」


 やれやれ、俺は仕方なく返答した。


「何か用がなきゃ話し掛けちゃいけないわけ?」


 違うのだろうか。俺は素直な疑問を抱くが、これ以上金切り声を上げられたら困るので、敢えて口には出さない。


「ま、まあ? 今日に関しては、用はあるわよ。じゃないと、あんた取り合ってくれないから……。」


 ほう。それならば一応、耳を傾けてやらんこともない。どうせ大した内容ではないだろうが。


「そんなことよりいいのか? 俺たちもう遅刻確定だぞ。随分余裕だな。」


 俺は学校生活をせめて気楽に送るために折角得ている教師からの信頼や内申点を落としたくないため、なるべく遅刻などは御免なのだが、今回ばかりはどうにもなりそうもない。


「だったら、もういいじゃん……。少し歩こうよ……。」


 肩で息をしながらスピードを落とす彼女に少し同情して、たまにはそれも良いかと歩調を緩め、歩き出す。


「それで、用件はなんだ。」


「ちょっと待って……。今喋れない……。」


「喋れてるじゃないか。」


「この冷血人間……!」


 俺は彼女の矛盾した発言を指摘すると、理不尽にも罵声で返される。


「あんた、何で昔っからそんな物事を悲観したような表情で気取ってんのよ。」


「それが用件か?」


「違うわよ! ただ、幼馴染として、あんたには笑顔で居てほしいだけ。てかあんた、笑ったことあんの……?」


 今まさに俺の眼前に居る幼馴染こそが、俺が笑顔になれない元凶でもある。そのことを理解されないなんて、やはり俺は不幸そのものだ。


「さあな。それで、一体俺に何の用があるんだ?」


「そんなに楽しみにしてくれてるのね。ありがとう。」


「勿体振らずにさっさと言うんだな。じゃないと置いていくぞ。」


「そんなに急かさなくても言うわよ。あ、あんた……。」


 粉雪が舞う寒空の下で、ごにょごにょと口籠る幼馴染に若干の苛立ちを覚えながら、急かすことなく次の言葉を待つ。


「今日の放課後、暇!? 暇でしょ? ねぇ!」


 一気呵成に捲し立てる幼馴染の気迫に気圧されて、一瞬何を言われているのかわからなかった。


「悪い。もう一度言ってくれるか?」


「絶対聞こえてたでしょ! 今日の放課後、あんたどうせ暇だろうから、ちょっと付き合ってって言ってるの!」


 意味が分からない。学校ではほとんど一言も交わさない俺たちだが、無口で孤立している俺はともかく、彼女はそのはきはきとした明るい性格と見るもの全てを惹きつける美貌から、同級生の間では絶大な人気を誇っている。従って、わざわざ俺に頼らなくても外出に付き合わせる人間など事欠かないはずだ。


「なんでりに選って俺なんだ。」


 頭に浮かんだ疑問を、今度は率直に彼女へぶつける。


「べ、別にいいでしょ!? ちょっと買い物に行きたかったから、荷物持ちに男手が欲しいなーと思っただけよ! 悪い?」


 ──だったら、もっと仲の良い男友達を誘えば良いのではないか。


「さ、誘ったけど、皆今日は予定あるって言ってたから……!」


 俺は無自覚にも、思ったことを口走っていたのか、彼女は決まりが悪そうに俺の疑問に答える。


「悪いが、俺も生憎忙しいんだ。買い物ならネットショッピングで済ませるんだな。」


 そう言ってきびすを返す俺の背後から、彼女は淡々と告げる。


「だったら、今日学校に遅刻したこと、あんたの母親にチクってやるから!」


 ──なんだと……。


「知ってるんだからね。あんた、家や学校では優等生のフリして良い子ちゃんぶってること。そんなあんたの化けの皮が剝がれたら、ご両親はきっと悲しむでしょうね……!」


 ──外道め……。俺は不覚にも、急所を握られてしまった。


「分かった、行くよ! 行けばいいんだろ……?」


「ふふっ、初めからそう言いなさい!」


 ──俺は、なんて不幸なんだ。

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