擊砕氷帝クロスペンダー

お2階工房

第22話 悲しき再会! グッバイタワシマンモス

廃屋のようにさびれた旧体育館(武道場)は、学内でも存在さえ知らない者が多く、普段一般学生が近づくこともなかった。運動部やサークルは空調と最新のトレーニング設備が整った新体育館でさわやかに汗を流す。いまどき冷暖房もないボロボロの体育館で、地獄のように蒸し暑い夏や床が凍る冬を過ごす根性ある学生はもう流行らないのだろう。柔道部も合気道部も、剣道部も、数年前にはだれもいなくなっていた。

その人の近寄らぬ体育館の真ん中で、学生がたった一人、空手の型稽古をしていた。

岩飛ペンタロウ。就職氷河期のさなかに卒業さえできず、とっくに引退してもいいはずの部活だけしか居場所のない、小さな大学の五年生だ。

型は彼の得意とする重厚な柔の型「征遠鎮」。だがその表情は、どこか暗い。


四股立ちが地面を踏み込み、拳槌を空に打ち込む。

『このままじゃ、ダメだ!』


想定する敵の腕を掴み、踏み込んで顎を打つ。

『もっと、もっと、強くならないと!』


肘が深々と突き刺さる。

『誰も、救うことなんか、出来ないっ!』


 どのくらいの時間が経ったのか。東の空に昇ったばかりだったはずの太陽は、いつの間にか頭上を越えていた。疲れ切った体を流れるのは汗と後悔、そして無力感か。

「先輩!」

いつからそこにいたのだろう。背後に、空手部の後輩二人が立っていた。

人が入って来た気配にすら気付けなかった自分に、ペンタロウの無力感は更に強まった。

「部活のない日も稽古してるんですね。さすがペンタロウ先輩だ」

ペンタロウの型を見てタクヤはとても嬉しそうにしている。良い後輩ではあるが、ペンタロウの抱える使命を共有できる仲間ではなかった。

「先輩、こんなの見つけましたよ!」

メグミがうす汚れたアルバムを差し出した。

うかつだった。後輩たちに部室の掃除を命じてはいたが、まさか隠しておいたアルバムを見つけられてしまうとは思っていなかった。

「・・・懐かしいな・・・」

一言、そう口に出すのがやっとだった。


「先輩、ほらこれ、去年の合宿の時のですよ。見て見て!」

拒むわけにもいかず、後輩二人とアルバムを見ることになったペンタロウの気は重かった。アルバムの中の写真は一~二年ほど前のものばかり。そこには、忘れることの出来ない男の姿が、たくさん写っている。

「あっ! コーシ先輩だ!」

そう。忘れられぬ男、白石コーシ。彼はペンタロウの秘密を知り、共に戦った大切な仲間だった。


半年前、ペンタロウとコーシは、敵の幹部にしてコーシの家族の仇ペンペンギンのアジトに潜入し、激闘の末、なんとか打ち倒すことに成功した。

しかし、敵の戦力は二人の想像をはるかに超えており、脱出の際二人は大量の戦闘員に囲まれてしまった。

クロスペンダーに変身したペンタロウはコーシを守りつつ敵戦闘員を倒し続けた。ペンペンギンに一太刀浴びせたコーシは、もう満身創痍だった。

「先輩…俺を置いて、先輩だけでも逃げて…」

コーシの声には耳を貸さず、次々に襲い来る敵を倒すクロスペンダー。もはや武器は全て失い、負傷と疲労で変身し続けられていることすら彼の尋常ではない気力によるものだとコーシは気付いていた。そしてその状況は敵も理解していた。

二人を囲む数十人の敵を倒し、ようやくクロスペンダーにわずかな余裕が生まれた。

「もう少しだ…二人で帰ろう。コーシ!」

戦力にならないどころか、今は足手まといでしかない自分をこうまでして守ってくれるクロスペンダーを見るコーシの目に、瀕死の戦闘員の刃がゆっくり迫ってくる姿が映った瞬間。コーシは自分のやるべきことを理解していた。

「先輩、危ない!」

どこにそんな力が残っていたのか自分でも不思議になる素早さで、コーシはクロスペンダーを突き飛ばした。

「コーシ、何を!?」

振り返ったクロスペンダーが見たのは、戦闘員の氷牙ナイフとコーシの仕込みギターが互いの体を刺し貫いている姿だった。

「コーシ、なんで…」

「先輩、無事でしたか…」

もう力の入らなくなった体をクロスペンダーに抱かれ、コーシはそれでも手を伸ばそうとした。

「先…輩…」

コーシの手はロスペンダーの手に届く寸前、地に落ちた。触れられなかった手を力強く握り締め、クロスペンダーは天に叫んだ。

「コーシーーーーーー!」

クロスペンダーの、いや、岩飛ペンタロウの戦いは、この日から孤独と後悔が付きまとう様になり、未だそこから抜け出せないでいた。



「コーシ先輩って、実家の都合で故郷に戻られたんですよね。元気にしてるかな」

「コーシが元気じゃないなんて、考えられないよ。ですよね、先輩っ!」

タクヤの声で我に返るペンタロウ。思い出にふけり、気を緩めてしまったようだ。

「…そうだな、きっと元気にしているよな」

辛い思い出を無理やりしまってそう答えるペンタロウの耳に、懐かしいメロディが聞こえてきた。

(幻聴か?…まだ俺にはコーシの思い出が重くのしかかっているのか…)

苦痛に顔を歪ませるペンタロウの横から嬉々とした声が聞こえた。

「コーシ先輩!」

「コーシ、戻ってきたのか!」

顔を上げると、木立のむこうから男がギターを鳴らしながら歩いてくるのが見えた。見覚えのある半分顔を隠したフード。そこから覗く見覚えのある口元の笑み。何度も聴かされた拙いギターの演奏…。

違和感がペンタロウの胸をいっぱいにする。

(これは、夢…?)

必要以上に靴を鳴らし、近付いてきたその男は演奏を終えると、ゆっくりと、フードをとった。

相手を見下すようなその不敵な笑みは、忘れようもない男のものだった。

「おひさしぶりですね。ペンタロウ先輩…」

「コーシ!」

「コーシ先輩、戻ってきたんですね!」

タクヤとメグミが立ち上がり、コーシに駆け寄る。ペンタロウは自分がそうしない事に驚き、そして気付いた。コーシの目はどこか暗く無機質で、笑ってなどいないことに。

「タクヤっ、メグミッ!!」

止めるペンタロウの声は彼らに届かなかった。声と同時に繰り出されたコーシの右手が二人を吹き飛ばしてしまっていた。

「コーシ、どうして!?」

頭から血を流しながらも辛うじて意識を失わずに済んだタクヤの問いかけに耳を貸さず、コーシは二人に近寄ると、大きく手を振り上げた。口元にはこの状況をなんとも思っていないのかうっすらと笑みが浮かぶ。

「コーシ!?」

叫ぶと同時に目を瞑るタクヤ。予想していた攻撃が来ないことに気付き目を開けると、そこにはコーシの腕を掴み、二人を守るペンタロウの姿があった。

「ペンタロウ先輩!」

「メグミを連れて逃げろ、タクヤ!」

二人が逃げ始めるとペンタロウはコーシの驚くべき剛力で吹き飛ばされてしまう。それは人間の力ではなかった。

なんとか立ち上がるペンタロウ。混乱してはいたが、二人のために時間を稼がないといけない。

しかし、状況は一気に最悪となった。コーシが合図をすると、木立や建物の陰からばらばらと戦闘員たちが現れたのだ。あの日、コーシの命を奪ったはずの黒い戦闘員が…。

だが、思考も動きも止めている場合ではない。守れないのはもう嫌だ。

「コーシっ」

継ぐ言葉が見つかってはいなかったが、呼ばずには、問いかけずにはいられなかった。そんなわずかな隙に戦闘員は襲いかかってきた。

普段の稽古の賜物か、倒せないまでも全ての攻撃をかわす事ができた。が、いつまでも持つ事ではないのは分かっている。

顔を上げるとコーシが近付いてくるのがわかった。

「意外と、後輩思いなんですね」

コーシがコーシの声で語りかけてきた。これは、現実なのか?

「コーシ、お前は…?」

「死んだはず」

コーシの口元が醜く、愉快そうに歪む。

「ですか?」

そう、そのはずだった。分かってはいたが、コーシの口からそれを言われると辛かった。

コーシはヒルのように蠢く戦闘員たちの中心に戻ると、指を鳴らして攻撃の命令を下した。もう、交わすべき言葉も持たないのか。

「行け」

ペンタロウの方は見ずに指示を出し下がっていくコーシの後姿を見て、ペンタロウは自分が強くなっていないことを悟ってしまった。

戦闘員に囲まれ、叩きのめされるペンタロウ。胸の中の痛みが体の痛みに勝っていた。

(なぜ? なぜッ!?)

変身して戦う。そんな基本的な発想すら今のペンタロウの中にはなくなっていた。

倒れるペンタロウに、再びコーシが近付いてくる。今度は機嫌が良さそうだ。

「あれあれ~~? 変身、しないんですかぁ?」

特徴のあるコートのジッパーを上げ下げしながら変身のマネをしている。

「コーシ、俺はっ」

「ふふんッ」

ペンタロウの言葉を遮るようにコーシは鼻で笑った。

「ま、変身しようがしまいが、ボクには関係ありませんがね…」

そう言うとコーシは手を空に突き出した。太陽を掴んだようなその手を振り下ろすと、コーシの周りに吹雪が起こり、体が突然現れた薄い氷によってに何重にも包まれていく。

異様な光景にペンタロウは息を呑み、指一本動かせなくなっていた。戦闘員たちは氷の塊となったコーシの周りで不気味に踊っていた。

氷の塊から薄い氷がブリザードに呑まれるようにしてはがれていく。最後の一枚がなくなったその後、そこにはコーシではなく、巨体を震わせる怪人が立っていた。

まるで四股踏みをするように地面を踏みつける怪人。その力は地面を揺るがし、冷たい突風がペンタロウに襲い掛かった。

「どうです? すばらしいでしょう、この姿、タワシマンモスは!」

ゆっくりと近付いてくる怪人。ペンタロウはまだ動くことすら出来なかった。

「先輩もなってみてはどうです? ボクと同じ、氷牙鬼にねッ!」

コーシの声だった。コーシの声で話す怪人が氷牙鬼を名乗っている。氷牙鬼。クロスペンダーの倒すべき、敵!


氷牙鬼 タワシマンモス

 身長210cm 体重127kg

 パンチ力 6t キック力 9t(スタンプ12t)

 武器 タワシメイス×2 ノーズカノン 

 「剛」のアイストーン


 迫るタワシマンモスの連続スタンプ攻撃をペンタロウは転がって逃げ、何とか距離をとることができた。

「止めろ! 止めてくれコーシ!」

ペンタロウのそんな願いもむなしく、タワシマンモスは無言のままペンタロウの首を掴み、片手で軽々と持ち上げると、パンチを打ち出す構えをとった。

タワシマンモスと化したコーシのパンチを受ければペンタロウはそれだけで命を失うことになるだろう。それでも、ペンタロウの目にはコーシへの祈るような願いが込められたままだった。

「ぐッ…! ううっ…」

突然苦しみだしたタワシマンモスはペンタロウを掴んでいた手を離し、頭を抱えながらよろよろと後ろに下がり出した。苦しみながらもその目はペンタロウを見つめていた。

「先…輩…! 俺はァ…」

「コーシ! お前には人間の心が残っているんだな!? 元のお前に戻ってくれ、コーシ!」

「俺はァッこれ以上ォッ!」

二人の伸ばしあう手が触れた瞬間、タワシマンモスに埋め込まれた「剛」のアイストーンとペンタロウの「勇気」のアイストーンが共鳴し、強い光が二人を包んだ。


その空間は、闇に満ちていた。ただどこまでも黒い世界。広さも、時間も、上下も、一切のことが感じられない暗闇だった。

ペンタロウが感じられるのはコーシの存在。コーシが感じられるのはペンタロウの存在のみ。アイストーンの共鳴と二人の想いが創り出した空間なのだろう。お互いに身体一つとアイストーン以外何も持っていなかった。

何も身に付けない身体だからこそ、コーシの胸に改造アイストーンが埋め込まれていることが現実としてペンタロウには理解できてしまった。

「ペンタロウ先輩」

コーシの声は、一緒に笑い、大学生活を送り、稽古に励み、そして共に戦っていたあの頃と同じ、力強く、どこか穏やかなものだった。

「このままでは、俺は本当に氷牙鬼に…怪物になってしまいます。家族の仇と同じ怪物になるなんて、それだけは、耐えられないんです。だから、これで…」

コーシが差し出す手には、彼の苗字を現すような、白く美しい石があった。

「コーシ…」

白い石を受け取りながら、ペンタロウは小さくコーシの名をつぶやくのが精一杯だった。

コーシは家族を、幸せを氷牙鬼に奪われた。仇を討つことと引き換えに命を失った。それを知る世界でただ一人の人間ペンタロウには、彼の置かれた境遇を思うと名前を呼ぶ事以外できなかった。

(でも、言わなければいけない! 俺の決意を! 唯一の戦友に!)

「コーシ、安心してくれ! 氷河鬼は、俺が絶対に倒す!」

その言葉には、タワシマンモスを、コーシを倒すという意味が含まれている。

それでもコーシは満足そうな優しい表情をしていた。氷河鬼との戦いの後、ペンタロウはいつもこの表情を見て戦闘の緊張を解くことが出来ていた。

「ありがとう、先輩。その石が、きっと助けになるはずです」

手中の石を見つめるペンタロウ。石は美しいが特別なものには見えなかった。

「この石が? どういうことだ、コーシ?」

「先輩、絶対に氷河鬼を倒してくださ…ぐううぅッ!」

コーシに埋め込まれた胸の石の光が強くなり、苦しみ叫ぶコーシに手を伸ばしたペンタロウの腕が届く前に、再び二人は強い光に包まれた。


今のコーシとの会話は幻だったのか。いや、左手の中にある白い石が、現実だったことを教えてくれている。そして目の前ではタワシマンモスがゆっくり立ち上がり始めていた。

「今度こそあなたに死んでもらいますよ」

ペンタロウは答えなかった。コーシと交わす最後の会話は既に終わってしまったから。例え正体がコーシだったとしても、目の前にいるのは倒すと誓った敵、氷河鬼だ!

ペンタロウが勇気を振り絞る時、父の形見の「勇気」のアイストーンが輝き、その光がペンタロウの手に宿る! その手が征遠鎮の型の軌道を描く時、父の作った変身ベルトが姿を現す!

父の求めた古代の秘密、アイストーン! 父の英知の結晶、変身ベルト! 父から授かった空手の技! その三つが重なる時、ペンタロウはクロスペンダーへと変身を遂げる!


「変身! 撃砕氷帝 クロスペンダー!」


撃砕氷帝 クロスペンダー

 身長160cm 体重67kg

 パンチ力 5t キック力 8t ジャンプ力 40m 走力 100m6秒

 必殺技 クロススラッシュ スライダーキック

 「勇気」のアイストーン


「後輩思いの先輩は、返上ですか?」

クロスペンダーの出現にも動じず、タワシマンモスは一歩踏み出る。

その言葉と動作を遮るように、クロスペンダーはタワシマンモスを指差し、叫んだ。

「うるさいっ! お前なんか、後輩じゃない!

「ではこちらも遠慮なく…」

タワシマンモスの合図で再び戦闘員が出現し、クロスペンダーに襲いかかる。


顔をめがけてくるパンチを上段受けし、貫手!

飛びかかってくるのに合わせ、正面足刀!

横から来るパンチを横受けで防ぎ、上段手刀打ち!

鋭く狙われたパンチを掻い潜り、中段回し蹴り!

体を掴もうと接近する敵に、上段肘打ち!

上から叩きつけようとする両手を避けてからの双手突き!


もはや戦闘員たちは、クロスペンダーに変身したペンタロウの敵ではなかった。

「パオーーッ!」

倒れた戦闘員たちの前でタワシマンモスが叫ぶと、力尽きたはずの戦闘員たちがゆっくりと立ち上がり、コーシの命を奪ったものと同じ氷牙ナイフを構えた。

「キリがないな」

そう言うとクロスペンダーは両腰のヒレをクロスウォードへと変化させ、両手に装着した。肘から先が黒いクロスウォードで包まれたクロスペンダーの姿は、ペンギンのようだった。だが、危険度はペンギンの比ではない。

次から次へと襲いかかる戦闘員を舞うような動きで切り伏せ、最後の二人を同時に撃破すると、クロスペンダーはタワシマンモスの姿を探す。

「…いない?」

「こっちですよ」

背後に現れたタワシマンモスは両手にタワシメイスを構え、クロスペンダーはクロスウォードで受け止めていく。しかし、徐々に加速する重いメイス攻撃に、次第に押されていった。

「テハーッ!」

渾身の力を込めたタワシメイスを受け止めたクロスウォードが、真っ二つに折られてしまった!

これまでの戦いで一度も壊された事のないクロスウォードがいとも簡単に。タワシマンモスの力は今までの氷牙鬼以上のものなのか!?

クロスペンダーはそれでも反撃し、連続突きをタワシマンモスに見舞った! 目にもとまらぬ速度の突きがタワシマンモスに突きささる!

が、タワシマンモスにダメージはなかった。

クロスウォードを失ったうえ、自身の攻撃が全く届いていないという事実に受けた一瞬の戸惑いをタワシマンモスは見逃さず、今度はクロスペンダー自身に高速メイス攻撃を繰り出した。

クロスペンダーのアーマーのいたるところで火花が飛び散り、少しずつ、確実に破壊されていく。まったく反撃ができないまま、クロスペンダーは小さい爆発を繰り返しながら数メートルも吹き飛ばされた!


薄暗い部屋に一人の男が座っていた。顔半分を白い仮面で覆い、黒いフード付きのマントを羽織り、手にはコーシの胸の石と同じように怪しく輝く杖を握っていた。タロットカードの「隠者」のような姿の男は、氷人ノノムラー。アイストーンを悪用し、氷牙鬼を産み出し、地球の寒冷化による文明社会の凍結を目指す悪の男だ。

口元には満足そうな笑み。手前に置かれた水晶玉には戦いの様子が映し出されていたのだ。

「ふふふ…。クロスペンダーめ、思い知ったか。今度の氷牙鬼はアイストーンを体内に埋め込み、石の力を全て体内に宿すことに成功した強化氷牙鬼だ。ベルトなどでアイストーンの力を借りているお前では手も足も出まい! ハーハッハッハッ!」


クロスペンダーはなんとか上体を起こすが、体に力は入らなかった。

「この程度ですか?」

タワシマンモスが見下ろすように話しかけてくる。

「この程度だから、僕は犠牲になったんですよ」

タワシマンモスの言葉がクロスペンダーに突きささる。

(その通りだ、俺は、弱い…。)

現実に、言葉に打ちのめされたクロスペンダーが下を見ると、そこには赤く光り始めるコーシの石があった。

「これは…コーシの石はアイストーンだったのか?」

『その石が、きっと助けになるはずです』

コーシの言葉がよみがえる。まだ諦めるわけにはいかない。この戦いはもう自分だけのものではないんだ! 意思と勇気で立ち上がり、赤く光る石をベルトにはめ込む。

「変 身!」

強い光がクロスペンダーを包んだ。破壊されたクロスウォードが腰によみがえる。頭部に燃えるような赤い角が出現する。氷原のような白さだったマフラーが燃えさかる炎のように赤く、そして長くたなびく!

「撃砕紅帝 クロスペンダー!」


撃砕紅帝 クロスペンダー

 身長160cm 体重67kg

 パンチ力 7t キック力 12t ジャンプ力 70m 走力100m4.8秒

 必殺技 クロススラッシュ クァペレイトスライダーキック

 「勇気」「力」のアイストーン


体中に力がみなぎっていた。さっきまでの絶望感がどこかに消え去っていた。今あるのは、コーシの友情と、誓いだけだ。

「これなら!」

クロスペンダーは、タワシマンモスを睨みつけた。

「姿が変わったからどうだと云うんだ!」

タワシマンモスは明らかに動揺していた。しかし、すぐに攻撃の準備に入る。長い鼻を両手で相手に向ける。

「これでも食らえ!」

タワシマンモス必殺のノーズカノンがクロスペンダーに向けて連続発射された。タワシ型の砲弾は先のメイス攻撃よりも強い威力を備えていた。

「ふんッ」

連続で襲い来る砲弾を、クロスペンダーは近づきながら片手で払い除けた。今までのクロスペンダーとは強さの次元が違っている。

全ての砲弾を払い除けた時、クロスペンダーはタワシマンモスの眼前まで迫っており、構え直す間もなくアッパーがタワシマンモスの巨体を吹き飛ばした。師から授けられた伝説の技、「強パンチ」だ。その力に驚いたタワシマンモスだったが、さらに驚くべきは、吹き飛んでいるタワシマンモスに追いつこうとしているクロスペンダーのスピードだった。

着地と同時にタワシマンモスはタワシメイスを構え、クロスペンダーに襲いかかったが、クロスペンダーの手刀によってメイスは破壊されてしまった。素手での攻撃もたやすく受け止められると、今度はタワシマンモスが戸惑いを見せた。その一瞬で右ストレートを受けたタワシマンモスはまた吹き飛ばされ、尻もちをついた状態のまま後ずさりする。

「このままでは、負ける!」

近寄り、止めのパンチを打とうとするクロスペンダー。

「これで終わりだ!」

「やめて!ペンタロウ先輩!」

クロスペンダーのパンチがタワシマンモスの眼前数cmの所で止まった。

クロスペンダー自身がこの事実に驚きを隠せていなかった。タワシマンモスはその隙をつき立ち上がり、クロスペンダーに迫る。

動揺から硬直するクロスペンダーの手を押さえ、息の届くような距離まで接近に成功した。このチャンスにクロスペンダーの精神を攻撃する。

「なぁーんだ。止め、刺せないんじゃないですか。そんなんだから…」

クロスペンダーは動けない。タワシマンモスはクロスペンダーのマスクを撫でるように手を動かす。余裕が出てきた。

「卒業も、人を救うことも出来ないんじゃないですか」

タワシマンモスの作戦は最後の一手で失敗した。クロスペンダーはたしかに動揺し、タワシマンモスの言葉が彼の精神を傷付けることに成功していた。が、最後の言葉がクロスペンダーに使命を思い出させた。

『人を救うことも出来ないんじゃないですか』

クロスペンダーは人を救うと誓った。その誓いを思い出したクロスペンダーに、もうタワシマンモスの言葉は傷つける力を持たなかった。

「俺はッ!」

力を取り戻したクロスペンダーは調子に乗っているタワシマンモスを両手を広げるようにして押し飛ばし、力強く言い放った。

「タワシマンモス! お前を倒す!」

言い終わると同時に超人的な跳躍力で体育館の屋上まで飛び上がり、アイストーンの力を両足に溜め、必殺技の準備に入った。

「俺を殺せばコーシも死ぬぞ!」

そんなことはクロスペンダーも理解している。無駄な脅しだった。

掛け声とともにさらに大空高く飛び上がるクロスペンダー。その跳躍力。これまでの撃砕氷帝のスライダーキックとは比べ物にならない。

「クァペレイトスライダーキック!」

クロスペンダーがタワシマンモスを、コーシの胸の石を貫いた。

背後で爆発する寸前のタワシマンモスが叫んだ「氷牙鬼、万歳!」に混じってコーシに「先輩」と呼ばれたのは聞き間違いだっただろうか…。

片膝をついてうずくまるクロスペンダーは、すぐには立ち上がることができなかった。自身の誓い、氷牙鬼を倒すこと。それを成す事はこんなにも辛いものなのか。

爆風が赤いマフラーをなびかせる、クロスペンダーの顔を隠すように。マフラーの奥の涙を隠すように。


爆発と落下で変身の解けたコーシは、奇跡的にまだ息があった。半身は黒く焼けただれ、青緑色の体液が流れ出している。胸の石は破壊され、残された時間が僅かであることは、体を動かすことのかなわないコーシにも、彼を抱きかかえるクロスペンダーにもすぐに理解できた。

「先…輩…これで俺は…怪物にな…らずに済みます…」

「でも…」

「いいんです…これが…俺のね…願いだったん…ですから…」

「コーシ!」

「先輩…」

コーシが力を振り絞り、手を伸ばす。クロスペンダーがその手を取った瞬間、コーシの力が消えていくのがわかった。

「ありが…とう…」

今度は、手を握り締めていた。


黒い部屋の氷人ノノムラーは、タワシマンモスの消滅とともに砕けた水晶の欠片を指でかき回している。

「やはり、プロトタイプのタワシマンモスには荷が重かったか。だが、次はこうはいかんぞ!」

杖を振ると、背後に怪しい光を纏う次なる氷牙鬼ショウカキクラゲがゆらゆらと動き出す。

戦いは、まだ終わらない。


ペンタロウは、コーシが好きだった裏山の森の広場の隅に彼の墓を建てた。愛用のギターを供え、語りかける。

「コーシ、安らかに眠ってくれ。お前をこんな目に合わせた氷人ノノムラーは、俺が絶対に倒すッ! この石にかけて!」

ペンタロウの手には、コーシの石が変化した「力」のアイストーンが握られていた。

これからはひとりじゃない。コーシの力が、一緒に戦ってくれる。そう思うだけで、ペンタロウに付き纏っていた孤独と後悔はきれいに消え去っていた。

墓を振り返ることなく、木漏れ日の中を立ち去るペンタロウ。一迅の風とともにかすかに聞こえたギターの音は、コーシが奏でたものだっただろうか。気のせいだったかもしれない。だが、「ひとりじゃない。」ペンタロウは強くそう感じることができた。

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