エピローグ② 氷男(アイスマン)2


 大陸の北東部に位置するジュビア王国。

 真冬の今は、連日の吹雪で王都も雪に覆われ、城下の家々も固く扉を閉ざしている。

 常ならば、シンと静まっているはずの王城が、にわかに騒がしくなった。


「お、お目覚めです! あの方がお目覚めになりました!」


 地下室を見張らせていた兵が、泡を喰って駆け込んで来る。

 王の間の玉座に座っていたグラントは、その場に居た者達を引き連れて地下室へ向かった。



 冷たい地下室の、冷たい石の寝台の上で目覚めた男は、寝台に横たわったまま己の腕を持ち上げてみた。

 固く握られた右の手のひらを開くと、氷のように透明な石が滑り落ちて来る。

 男は満足気に吐息を吐いた。


「上出来だ」


 氷の中に封印されて五十年。

 己の意思とは関係なく目覚めさせられてから、既に半年ほどが過ぎていた。その半年間は別の人間の体を借りていたので、自分の肉体に戻るのは久しぶりだった。

 体の隅々まで感覚をめぐらせ、動かせることを確認してから、男は寝台の上でゆっくりと起き上がった。


 その時。バタンと音がして、複数の慌ただしい足音が階下へと駆け降りて来た。

 毛皮のマントを纏った金髪の男。青い宝石をはめ込んだ王冠をかぶっている男には見覚えがあったが、その背後に佇む黒マントの集団は初めてだ。


「ほ、本当に、目覚めたのだな?」


 国王グラントが上擦った声を上げた。


「そ、そなたが呼び出した黒竜が消えたと、各国に放った密偵から報告があった。もしやそなたが失われたのではと、心配していたのだ」


 彼の言葉を聞いて、男は黒マントの集団に目を向けた。


「なるほど、そこにいるのは魔道士か?」


 男がそう言うと、黒マントの集団から一人が進み出た。


「我らは、ジュビア王国魔道三家の者でございます。あなた様の身体うつわとなっていたサール魔道士は、我ら三家の筆頭でございました」


「ああ、サリール……いや、サールだったか。あの男の身体はもう使えなくなったから処分した。すまなかったな」


「いえ。あなた様のお役に立てたなら良いのです。もしよろしければ、代わりの身体うつわも用意がございますが、いかがいたしますか?」


 黒マントの集団に押し出されるように、まだ若い男が蒼白な顔で前に出る。小刻みに震える青年の顔を見て、男はフッと笑った。


「他人の身体を使うのはもう懲り懲りだ。俺は自分の身体が良い。しばらくは動けないが、西の国には楔を打ち込んで来た。急がなくても、おまえたちの悲願は叶うだろう」


 半年前よりも長くなった銀の髪をうるさそうにかき上げて、男は不敵な笑みを浮かべた。


                第一部 了

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