第54話 契約の儀式


 粉雪が舞う近衛府このえふの広場では、マイラム竜導師長が配下の竜導師たちと共に、これから行う儀式の確認をしていた。


「今日の儀式では、呼び出した飛竜に名を与えるだけでなく、竜衛士の名を贈らせることを忘れないようにしてくれ」


 マイラムの前に立つ四人の竜導師たちは、それぞれ神妙な顔で頷いた。

 たび重なる事故により若い竜導師が次々と辞めてしまい、残っているのは壮年の竜導師ばかりだ。

 その中では一番若いと思しき中年の竜導師が、遠慮がちに手を上げた。


「竜導師長様。儀式のやり方についてはわかりましたが、市井しせいの竜導師を召し抱える話はどうなったのですか? 今日の儀式で、彼らの腕試しをするはずだったではありませんか?」


「ああ、そうであったな。実は……その件について国王陛下と近衛府長官と話し合った結果、今回は見送ることになったのだ。知らせるのが遅くなって済まなかったな」


 マイラムは眉尻を下げて彼らに謝罪した。


 ここ数日────正確に言えば、エルマが王女の飛竜を呼び出してからというもの、好悪ひっくるめてマイラムの日常は目まぐるしくなった。

 特に最近は、部下にも迂闊うかつに話せない類の心配事まで降りかかり、どうやら通常業務にまで支障をきたしていたらしい。


「先日行った〝名を贈る実験〟の結果を踏まえ、契約の儀式は必ず竜衛士の名を贈ることになった事は以前話したと思うが、このやり方を市井の竜導師に見せてしまえば、彼らの所属する竜導師ギルドに混乱をきたす恐れがある。

 よって、このやり方はしばらく王宮の中だけに留めておく事になったのだ。市井の竜導師を召し抱えるのは、その後の様子を見てからになる」


「そういう事でしたか……わかりました」


 中年の竜導師は納得したように頷いた。


「さて、今日は四人の竜衛士の飛竜を呼ぶ。もうそろそろ竜衛士たちも来るだろう。それまでに自分の担当と順番を決めておいてくれ」

「はい」


 頷く竜導師たちを見回しながら、マイラムはそっと、広場を囲む回廊へと目を向けた。

 そこには、黒いマントと白いマントを纏った二つの人物が立っていて、マイラムはずっと気になっていたのだ。


(ユルドゥス殿下とサリール……なぜ彼らがここに?)


 飛竜を呼ぶ儀式は、見慣れている者にとってはそれほど面白いものではない。その証拠に、彼ら以外に見物客はいない。


(何か理由があるのか? まさか、またエルマを攫おうとしているのではなかろうな?)


 サリールの禍々しい黒い姿を盗み見ながら、マイラムは眉間にしわを寄せた。



 ユルドゥスとサリールは、マイラムに不審がられていることに気づいているのかいないのか、回廊に佇んだまま言葉を交わしていた。


「────それで、陛下のお加減はいかがですか?」


「ああ、今は軽い風邪のような症状だ。ミンツェとテミルが旅立つ頃には回復するだろう」


 笑みを浮かべたユルドゥスが不穏な言葉を口にすると、サリールも目を細めて笑った。


「それはようございました。私が差し上げた薬は緩やかに効きますからね。ユルドゥス様の良いように使って下さい。ところで、約束の品は手に入ったのですか?」


「ああ。〈王の石〉ならここにある」


 ユルドゥスは雪豹の白いマントから皮手袋に包まれた手を出すと、自らの胸元にスッと手を当てた。


「まさかとは思うが、私を信用していないのではないだろうな?」


 探るような視線をサリールに向ける。


「今日の儀式が、私たちの予定通りに終わったなら、この〈王の石〉は約束通りおまえの物だが……サリール、本当に東へ戻るつもりなのか? このまま私に仕える気はないのか? おまえが私の片腕になってくれれば、誰よりも多くの報酬を約束しよう。もちろん、貴族の位を与えることも出来る」


「ありがたいお言葉ですが、私が殿下に力を貸したのは〈王の石〉を得る為です。宮仕えなど私の性に合いません」


 サリールの答えを聞くなり、ユルドゥスは大げさに肩をすくめた。


「はぁ~。そう言うと思ったよ」


 がっかりしたのは本当だが、サリールとは初めからそういう契約だった。それに、彼が自分の申し出を喜ばないことくらい、ユルドゥスとてわかっていた。


「まぁ、気が変わったらいつでも言ってくれ。私は約束を守る男だ。〈王の石〉も、今日の午後にはおまえの物になっているだろう」


「では、それまで楽しみに待つとしましょう」


 サリールはうやうやしく頭を垂れた。



 ユルドゥスとサリールが不穏な内緒話を終えた頃、王宮を飛び出したバハルが近衛府に到着していた。


 ここまで走って来たせいか、それとも、これから起こる出来事を恐れているためか、バハルの心臓は苦しいほど早鐘を打っている。

 荒い呼吸を繰り返しながら前を見たバハルは、薄暗い通路の先、近衛府広場の回廊に佇む二人の姿を見つけた。


(ユルドゥス様! ああクソッ……サリールも一緒か!)


 ユルドゥスは、サリールを信用している。

 いくらバハルがサリールのことを疑わしく思っていても、ユルドゥスに示せるような具体的な証拠は何もない。


 そんな状況でバハルが何を言っても、ユルドゥスはきっと信じてはくれないだろう。最悪の場合、ユルドゥスの不興を買って遠ざけられてしまうかも知れない。


(それだけは……絶対に避けなければ!)


 出来ることなら、今すぐユルドゥスの傍からサリールを排除したい。

 はやる気持ちをグッと堪えて、バハルは二人の姿がよく見える位置に移動することにした。


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