第52話 王の風邪


 この日の朝食会に、アルトゥン王の姿はなかった。

 彼の席に座った王弟ユルドゥスは、皆を見回してこう言った。


「────兄上は軽いお風邪を召されたようだ。侍従が兄上の手紙を持って来た」


 ユルドゥスは手紙を見せながら、一同を見回した。


「兄上は朝食会だけを欠席するつもりのようだが、我が国の冬は過酷だからね。軽い風邪でも侮れない。でも兄上は真面目だから、少しくらい体調が悪くても政務をすると言うだろう。私はそれが心配だ。兄上にはしっかりと休養してもらいたい。

 だから、兄上が安心して休めるように、私とテミルで政務を手分けして差し上げようと思うが、テミルはどう思う?」


「え、ええ……もちろん賛成です」


 テミルは頷いてから、隣に座るミンツェと顔を見合わせた。


「父上は、ちゃんと治癒師の光治療を受けたのかしら? 心配だから、食事が終わったらお見舞いに行きましょうよ」


「ああ、そうだね。治癒師長にも話を聞いてみよう」


 心配そうに囁き合う兄妹を見守っていたユルドゥスが、エドゥアルド王子に気遣うような目を向けた。


「エドゥアルド王子。今日は、品評会で竜目石を購入した竜衛士たちの飛竜を呼ぶ儀式がありますが、興味はありますか?」


「いえ……私は王都へ出てみようと思います。竜導師の店を回り、気に入った竜目石があれば購入するつもりです」


「なるほど、それは良い! 王都にはいろいろな店が集まっていますからね。竜目石を探しがてら、王都見物をするのも良いかも知れませんね」


「はい。出発まであと僅かですので、旅行客のふりをして気軽に王都を見て回ろうと思います。食事も外で取ることにしますので、お気遣いなく。陛下にはゆっくり休んで下さいとお伝えください」


「必ず伝えます。ミンツェとテミルがアズールへ旅立つ時には、兄上もきっと元気な姿を見せてくれるでしょう」


 朝食会は王の欠席によりいつもより静かだったが、概ね和やかに終わった。



 〇〇



「父上!」

「お体は大丈夫ですか?」


 朝食会が終わるなり、ミンツェとテミルは父王の寝室に急いだ。

 彼らが部屋に入ると、寝台に横になったアルトゥン王の傍らには白いローブを纏った治癒師がいて、光治療を施しているところだった。


「おお、テミル、ミンツェ。二人とも、心配をかけたようだな」


 寝台に横になったまま、アルトゥンは微笑を浮かべた。

 思ったよりも元気な様子にホッと安堵の息をつき、二人は治癒師の邪魔にならないように王の足元に立った。


「お風邪を召したと聞きました。お加減は如何ですか?」


「ああ……少し眩暈めまいがしてな。体もだるいが、大したことはない。治癒師が診てくれているから大丈夫だ」


 テミルに答えるアルトゥンは、確かに顔色が悪いがその受け答えはしっかりしている。

 父王の様子にホッと胸をなで下ろしたミンツェだったが、光治療を施している若い治癒師の顔を見て、スッと血の気が引いた。


 両手を掲げている治癒師の表情が、硬いのだ。

 いくら若くて未熟であっても、王宮治癒師に選ばれた者ならば、軽い風邪などすぐに完治出来るはずだというのに────。


 ミンツェは咄嗟に兄の袖を引っ張った。


「お兄さま、治療の邪魔になるといけないから部屋の外で待ちましょう。父上、また後で来ますね」


 グイグイとテミルの袖を引っ張りながら寝室から出ると、ミンツェは誰もいない王の居間を見回してからテミルに振り返った。


「治癒師の顔を見た?」

「いや」


 小声で囁くミンツェにただならぬ気迫を感じて、テミルは眉をひそめた。


「彼、強張った表情をしていたわ。それに、額には汗が浮かんでいた。風邪くらいで、あんな顔する治癒師は見たことがないわ」


 そう囁いたミンツェ自身の顔も青ざめている。


「なるほど……もしかしたら、父上はただの風邪ではないのかも知れないな。よし、治癒師長の所へ行こう。彼なら事態を把握しているはずだ」


 テミルは妹を気遣うように肩に手を回すと、扉に向かって歩き出した。




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