第45話 テミルの疑念


 晩餐会が終わると、ミンツェとヌーラは着替える時間も惜しんで、すぐさまテミルの部屋へ向かった。

 訪問の理由はもちろん、ヌーラが品評会の会場で見た竜導師サリールの怪しげな行動と、叔父ユルドゥスに対する疑惑を相談するためだ。


「────なるほど。ヌーラの見たことが本当なら、あの銀髪の竜導師が単独で行ったとは考えにくいな。疑いたくはないけど、叔父上が何かたくらんでいる可能性はあると思う」


 テミルが顎に手を当てて難しい顔をしながらそう答えると、ミンツェはパチパチと目を瞬かせた。


 こんな話、実際に見なければ信じられない。

 どうしたら兄に信じてもらえるだろうかと悩んでいたのに、テミルはすんなりと二人の言葉を受け入れた。その事に、ミンツェは驚きを隠せなかった。


「信じてくれるの?」


 確認するようにテミルの顔を覗き込むと、テミルは苦笑を浮かべた。


「僕は叔父上に嫌われている。だからという訳じゃないけど、僕は、幼い頃からずっと叔父上のことが恐かった。あの笑顔の裏で、いったい何を考えているんだろうってね……」


「そんなに前から? ちっとも気づかなかったわ!」


 ミンツェの言葉に、隣に座るヌーラも思いきり頷いている。


「うん。たぶん父上も気づいてないと思うよ。叔父上の件は、僕たちがしっかりしなければいけない。

 叔父上の竜導師がどんな目的を持って竜目石を黒くしたのか。その理由がわかればいいんだけど……難しいな。下手に探りを入れると、気づかれる恐れがある」


「そうよね。黒くなった竜目石は、国庫には入れずに竜導師たちが持ち帰るらしいし、彼らが帰ってしまえば、王宮とは関係なくなってしまうものね」


 テミルとミンツェが頭をひねっている横で、ヌーラがポツリとつぶやいた。


「そう言えば、エルマの村の人たちも帰ってしまうのですよね?」


 ヌーラのつぶやきを聞いて、ミンツェはハッと息を呑んだ。

 本当なら、エルマも彼らと一緒に帰るはずだったのだ。そんな彼女の未来を捻じ曲げ、城に残らねばならないようにしてしまったのは、ミンツェが彼女に飛竜を呼び出させたせいだ。


 十三歳のエルマにとって、慣れ親しんだ村や家族と離れることは、とてつもなく辛いことだろう。ましてや、ここは王宮で、身分差に加えねたみやそねみといった悪意が渦巻く場所でもある。


(ああ、エルマ……私は何てことを)


 人の運命を変えてしまった責任を感じ、ミンツェは膝の上に乗せていた両手をぎゅっと握りしめた。


「エルマって、ミンツェの飛竜を呼び出した子、だよね?」


「そうよ。あの子を村に帰れなくしたのは私なのに、私は自分の事ばかりに気を取られて、その事をすっかり忘れていたわ。

 あの子の運命を変えた責任を取らなくちゃいけないのに、私はもうすぐアズールに行かなくちゃならない。お兄さまとヌーラが一緒に行ってくれるのはとても心強いけど、私たちが行ってしまったら、誰があの子を守るの?」


「守るって……彼女にはマイラム竜導師長がついてるだろ?」


「臣下ではダメよ! だって叔父様は、あの子に興味を持っているのよ! 前に貸してくれと言われたのよ。あの時は気にしてなかったけど、今は何だか恐ろしいわ!」


 ミンツェの言葉に、テミルは目を瞠った。


「叔父上が? そうか……なら、彼女もアズール王国へ連れて行けば良い。ミンツェの竜導師っていう肩書なんだから、連れて行けるだろ?」


「それは……そうだけど、あの子を村に帰れなくした挙句、異国へ連れて行くなんて、いくらなんでもそんなこと!」


「もちろん、彼女の意思を尊重するのは大事だけどさ、叔父上の疑惑が晴れない限り、それが一番安全なんじゃないかな?」


「お兄さま、アズール王国が安全かどうかなんてわからないわ。あの国で、私たちの意思がどのくらい尊重してもらえるのかすらわからないのよ! それに、あの国にはまた別の危険があるかも知れないじゃない!」


 勢いよくそう言ってからミンツェはうな垂れた。


「何かこう……叔父様が何を考えているのか、はっきりさせる方法があればいいのに」


「そうだな。僕らはもうすぐアズールへ向けて旅立つ。その間に叔父上に暗躍されると手も足も出ないよ。僕だけでも残れれば良いんだけど……父上は、一度決めた事を覆すのを良しとしないからな」


 テミルも口元に拳をつけてため息をつく。

 そんな兄の姿を見て、ミンツェは思わず疑問を口にした。


「お兄さまは、まるで叔父様が何をしようとしているのか、わかっているように言うのね?」


「ああ、うん。そうだね。確証がある訳じゃないし、具体的な方法とかは想像もつかないけど、王弟である叔父上が何かするとしたら、一つしかないよね?」


 困ったようにテミルが微笑んだ時、ミンツェは何故か背筋に震えが走った。

 その震えと共に、恐ろしい予感が胸に浮かび上がってくる。テミルはわざと言葉を濁したのだろうけれど、ミンツェはこの恐怖の正体をはっきりさせたくてテミルに噛みついた。


「一つしかないって、何なの? はっきり言って!」


「たぶん、だけど……叔父上は、王位簒奪を考えてると思うよ」


 やや首を傾げて眉尻を下げるテミルの顔を見つめたまま、ミンツェは凍りついた。


  

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