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「あまり情をかけすぎると、変なものに取り憑かれちゃうかもよ」
立ち上がる私に、藍之介が薔薇のような唇を細め、言う。
「変なものって、何?」
「例えば……」
藍之介の言葉の動きに合わせ、辺りが明滅した。
「鬼……とか?」
どこかで神の怒りのような地鳴りがする。
テーブルに頬杖をつき、私を映すその瞳は何かを見透かしたような色をしていた。
やがて訪れた腹の底に響くような轟音に、びくりと身体を揺らし我に返る。
いつの間に雨が降っていたのだろう。
小さな傷の目立つガラス越しには、細かな水の粒が風に靡き地面に舞い降りていた。
突然の雷と天候の変化に一瞬驚いた。
けれどたまにある通り雨だろうと落ち着き直すと、窓から藍之介に視線を戻した。
「あはは、やだなぁ、そんなことあるわけないって、そもそも鬼なんか本当にいるはずないんだから」
「……だといいけど」
藍之介はたたんだノートパソコンと文庫本を重ね小脇に抱えると、出入り口へと向かった。
「今日は帰るよ、なにかあればまた連絡をちょうだい、明日は家庭教師のアルバイトがあるけど」
「忙しいのにいつもありがとう……傘は?」
「いいよ、すぐそこなんだから」
銀色の傘立てに収まるビニール製のそれを勧めたけれど、藍之介は軽く笑いながら「じゃあまたね」と言い開けたドアから小走りに帰って行った。
ほのかな街灯がともる道を越えて、向かい側にある小さな本屋さんに到着する後ろ姿。
しばらくぼんやりと藍之介を見送っていた私は、小雨の中で佇む看板をしまおうと店から出た。
プラスチックでできた長方形のそれに、中腰になり手を添える。中に電球が入っていて、下に小さなタイヤがついているやつだ。
だいぶ黄ばんできたし、本当は買い替えた方がいいんだろうな。
そんなことを思いながら店内に引き込もうとした時だった。
しくしく、しくしく、と。
しゃくり上げるような、小さな子供が泣くような音が聞こえた。
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