魔獣討伐作戦
「そろそろだな」
「みたいですね。空気がそわそわしてます」
何とかオーバーヒートから回復した私は、ラズさんと供にテントの中で寛いでいた。
グラードさんはつい先ほど魔法使いの人に呼ばれて外に出て行ってしまったのでテントの中はラズさんと私の二人きりだ。
準備が整い次第作戦を実行すると言っていたので、その準備とやらが終わり、グラードさんが呼ばれたのならばそろそろ始まると考えていいだろう。
おまけに空気が一段と引き締まり、緊張感の様なものが耳朶を擽るこの感覚は、私たちの推測が概ね正しい事を物語っている。
様子でも見に行こうという事で、ラズさんと供にテントからひょっこりと出てみると、丁度こちらに向かって来ていたグラードさんと鉢合わせた。
「もうそろそろですよね?」
「あぁ。もう指定の位置に全員集まっておる。後は計画通りにやるだけじゃ。派手さこそ無いが、まぁ見て行ってくれ」
「世話になります」
「お、お邪魔します」
くるりと踵を返したグラードさんの概ね魔法使いとは思えない背中を追うと、ぽっかりと大口を開けている洞窟とその周りを半分だけ囲うように並ぶ魔法使いの方々が確認できる。
魔力検知で確認できる魔獣の動きから違和感を感じてはいたのだが、この洞窟、中々に癖の強い形をしていて、山から繋がっているのではなく全くの平野にぽっかりとほぼ垂直に伸びているのである。ほぼ垂直と言っても、あくまで急な坂の形容としてであり本当に垂直なわけではないのではないので、落ちたら確実に死ぬような物でもなければ魔獣が怖がって中に飛び込まない程でも無いのが非常に都合がいい。
魔石を放り投げたところでたかが知れているのでは、と思っていたが、縦に伸びる洞窟ならば坂の角度に合わせて放ってやるだけでかなり奥まで入ってくれるだろう。
「では...作戦開始!」
ぼけっと考えていると、まるで冬場の冷水の様なグラードさんの声がぴしゃりと開始の音頭を取った。
それに呼応するように魔法使いの方々が魔力を一転に集めていく。
「......結構ゆっくりやるんですね」
「...あれが平均だぞ。何ならそれ以上だな。大分優秀な魔法使いが集まったらしい」
「...え?」
目の前に集まっていく魔力は、私やラズさんのものと比べるとかなり遅い。
ラズさんの言葉を鵜吞みにするなら私やラズさんの魔力の収集速度は、平均より少し優秀な魔法使いの三十倍以上という事になる。
魔力の収集に関しては私固有の魔法でも同じ動作を求められたため、ラズさんと遜色無い程度の速度を出せるので、その差異に些か驚きはするものの、それよりはるかに私を驚かせている事実が一つあった。
花が咲いたような柔和な笑みが頭に浮かぶ。
ふと考えたのは、私と同年代の魔法使い、フェリアの事だ。
他の事ならまだしも、流石に何年も何年もやっている事なので収集速度に関しては私に大きく分があったが、それでも今目の前で行われている物と比べれば同等かそれ以上なのだ。
フェリアからは魔学院に通っているという事しか聞いていないため、実際の出来がどうだとか、成績がどうだとかに関して、私は全く知らない。
しかしこれを見る限り結論は一つだろう。
―フェリアって実はものすごく優秀な魔法使いなんじゃ...?
「あの、ししょ―」
ワォォォォォォォォォン!!!!!
くいと袖を引っ張ってラズさんにフェリアの事を話そうとすると、そこまで遠くない位置から狼の遠吠えが響き渡った。
恐らくは魔獣化した狼が魔力に反応して遠くの仲間を呼んでいるのだろう。
狼は魔獣の中でもかなり厄介な部類に入る。
すばしっこくて狙うのが難しいことに加えて、角の生えた個体は雷属性の魔法を撃ってくるのだ。中でも角が二本生えている個体は高威力の物をひょいひょいと逃げ回りながら撃ってくるので討伐が難しく、依頼による事故率もさることながら、年間で必ず十人程度は死者が出るらしい。
今回はしっかりと作戦が練られているので被害が出るような事はまずないだろうが、かつて森で遭遇した時、自慢の白髪を少し焦がされた事を思い出して眉間に皺が寄った。
「狼かよ...」
ラズさんも遠吠えを聞くなり面倒そうな顔で低く呻いた。
魔力検知で見る限り、もうすでに端の方にいた魔獣も反応してこちらに向かって来ているのでそろそろ魔石に変換し始めてもいいはずだが、普通は魔力検知を俯瞰視点で見る事は出来ないらしいので、魔法使いの方々は恐らくうち漏らしが無いようにと丁寧に魔力を集め続けている。
それにしても何だろうか。
この言い知れない違和感というか。何か重要な事を見落としているような、そんな浮つきがある。
ふとラズさんを見る。
特にいつもと変わった所は無い。不思議な色の綺麗な瞳に高く整った鼻梁、しっかりとした真っ黒の髪とそこから覗く桃色の輝き―
待て。
このピアスは私とラズさんが魔力を込めて作った物だ。作るのにそれほど時間はかからなかったが、今目の前に集められた魔力とは比較にならない程魔力が詰まっているのは言うまでも無い。それが私の分も合わせれば二つ分もあるのだから、魔力におびき寄せられる習性を持つ魔獣は、洞窟の中に放られた魔石なんて目もくれず私たちに向かって突撃してくるのではないだろうか。
そこまで考えた私は弾かれたように顔を上げ、ラズさんの腕をぐいぐいと引っ張って手筒を作り、少し背伸びしてこっそり耳打ちした。
「あの、私たちのピアスが魔石で出来てるなら込められた魔力量的に洞窟じゃなくてこっちに来るんじゃ...?」
「...あ」
ラズさんは暫し呆気にとられたようだったがすぐに調子を取り戻し、私に目配せして魔力を集め始めた。
私もそれに倣う形で出来るだけ早く魔力を集めていく。
その前提で魔力検知を確認してみれば、魔獣は集められた魔力の位置から若干ずれたところに向かって来ているのがよくわかる。何を隠そう私たち見学者の位置なのだが。
流石の狼と言ったところでもうかなり近くまで来ているのでちんたらしている暇はない。私に関しては魔力から魔石への変換に手こずる可能性があるので、リカバリーできる様に自分が出せる最高速度で魔力を集めていった。
ラズさん曰く”ぎゅっと”魔力を集めていくと、ある所を境に薄桃色の光がうっすらと漏れ出てくる。
どことなく存在感が疑わしい、ともすれば目の不調とさえ思えてしまいそうな不思議な光は、魔力を固めていくにつれどんどんと実物味を帯びてきてほの暗い周囲をハッキリと照らす様になり、光が落ち着いた頃には手のひらにビー玉大の透き通った桃色をした魔石が乗っていた。
前回に作った時よりも桃色が濃くなった気がするがこれは果たして良い兆候なのだろうか?
隣のラズさんは私のそれと打って変わって静かに魔石を作り終えたらしい。
前回作った時には私の物も光は出なかったので、恐らくだが急激に魔力を集めすぎて幾らかの魔力が飽和してしまったのだろう。
ラズさんは私と違って速度を出しながらも精密に魔力を集めることが出来るので飽和することもなく作り終えたのだと考えれば筋も通る。
耳を澄ませると魔獣の足音やら荒い息の音が聞こえてきた。
「急ぎましょう!そこそこ近いです!」
「おう!」
急いでグラードさんの所に駆け寄ると、グラードさんは作戦中にこちらに来るとは微塵も思っていなかったようで酷く驚いたように私たちを見た。
「かくかくしかじかで俺らの魔石も洞窟に入れます!」
「は!?い、いやそれは構わんが...」
「すみませんグラードさん。あまり時間もないので説明は後にさせて下さい。私たちの魔石を渡しますから後は頼みました!」
「む...確かに...近いな。分かった。預かろう」
「たのんますよ!」
「お願いします!」
渡すだけ渡して、邪魔になる可能性があるのでさっさとその場を離れると、グラードさんが「変換、開始!」と魔石変換の合図をすると供に洞窟に近づき、出来上がったいくつもの魔石たちと一緒に洞窟に私たちの魔石を放り投げた。
全ての魔石が洞窟に飲み込まれたのをしっかりと確認し、「撤退!」の合図で全員が安全な少し小高くなっている本拠地に戻ってくる。
間もなくして、夥しい数の魔獣が土煙を派手に上げながら洞窟に吸い込まれていった。
洞窟と本拠地は見通しこそ悪くはないものの、些か距離が離れている。
しかしそこは流石の魔法使い殿と言ったところか、誰一人として失敗することなく水魔法を発動させ、たちまち洞窟の入り口から、溢れた水と溺れ死んだ魔獣の死骸が出てくる。
ほっと息をつくと、隣のラズさんと完全にタイミングが被ったらしく、一瞬気づかない程同じ調子で同じ音が聞こえてきた。
ラズさんを見ると、ラズさんも嘆息が被ったことに気づいたのかこちらを見て、私たちはどちらからともなく笑った。
久しぶりに急激に魔力を集めたせいでくらりと眩暈がしたかと思えば、気づいた時にはラズさんに寄り掛かる形になっていて、ラズさんは軽く私の肩を抱いてくれていた。
じわじわと圧迫されるような頭の痛みと倦怠感に耐えながらラズさんに体重を預けていると、ざくざくと土を踏み分ける音が後ろから聞こえる。グラードさんだ。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様。で、結局何だったんだ。マリエルも疲れ切っておるじゃないか」
グラードさんは労わる様にこちらを見て、暫く検分するように無精ひげを撫でていたが会得言ったように「うむ」と頷くと、私の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「こりゃ、栓の開けすぎだな。明日は安静にした方がいいかもしれん」
「え、そんなにですか?」
今まで魔力をどれだけ使ったところで寝れば治ると思っていたので、非常に驚いて聞き返すと、さも『大事なことだ』と言わんばかりにゆっくりと頷き口を開く。
「魔力の栓は酷使したら休めなけばならん。段々と緩くなっていって調整が出来なくなってしまうからな。そうやって若いころの自分に無茶を言わせ、魔法をろくに使えなくなった同僚を飽きるほど見てきた」
「な、なるほど」
初めて聞きましたけど?と伺う様にラズさんを見れば、ラズさんはグラードさんには見えない角度で「しーっ」と指を口に当てた。
なるほど。特異体質が関係しているのならグラードさんが忠告してくれることも、ラズさんがそれに関して言及しなかったことにも説明がつく。
ラズさんはこれ以上の言及を避けるためか、詳しくは語らず「さっきのはですね」と顔を横に向けながら話を逸らした。
ラズさんの耳にぶら下がった桃色の魔石がグラードさんの前に晒される。
「これ、魔石で出来てるんですけど、大分魔力を込めたので洞窟に入れる分の魔石だと魔力量で負けちゃってこっちに来る可能性があったんですよ。なので即席で魔石を作ってそれも一緒に洞窟に入れることで状況をイーブンに戻したって感じです。いやぁ賢い弟子を持ってよかったですよ。ホント」
「あぁ、なるほど...ってお前が気づいたわけじゃないのか!?...ラズ、こういうのもあんまりだが...情けないぞ」
「...はは......」
「ふふっ」
何処か見覚えのある、出来の悪い子供を見るかのような目を向けられたラズさんは表面上は笑っているのだが、どこか虚ろな表情をしている。
そのちぐはぐな表情がおかしくてつい声に出して笑うと、ラズさんが不服そうな視線を送ってきた。
このままだとへそを曲げてしまいそうだったので、口の形だけで『冗談です』と言うと、ラズさんは虚を突かれたように目を見開いてゴクリと生唾を飲んだ後、どこかぎこちなく頷いて下手くそに笑った。
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