しがない焼き鳥屋によく喋るミミズクが来た話

@9b0

第1話 ウミネコとゆーちゅーぶ

私はヨコハマイセザキチョーで鳥向けに焼き鳥屋を営んでいるウミネコだ。

ウミネコが鳥を食べ物として提供する店を営んでいることについては、ヒトには理解されないであろう。

ヒトに猛禽類と分類されている鳥達は、肉食であり、ウズラやヒヨコなど小型の鳥類を食べることもある。

需要があるということは、そこに商売が成り立つ、数年前に引退した先代はそういった思いで、この店を開いたのだろう。

先代が店を開いた頃は、多種多様な鳥達が来て賑わっていたようだが、最近は閑古鳥が鳴くかと思うくらいに客足が伸びない。

今夜は日が悪かったのか、開店してすぐに数羽のカラスが来たくらいで、退屈な時間が過ぎていくだけだった。


今夜もそろそろ2軒目を求める客がちらほらと現れるかという頃、1羽のミミズクが店に現れた。

「いらっしゃい」

私は初めて見るそのミミズクを招き入れ、カウンターに座るよう促す。

しばしメニューに目を通して、ミミズクはビールと枝豆とウズラ玉子を注文した。

「いやー、この時間に仕事が終わると、一杯引っかけてからじゃないとやってられないんすよねー!家では嫁と子供が待ってるんですけど、こんな時間に帰っても子供は寝ちゃってるし、妻は煩くするなって言うし……」

こちらが聞いてもいないのに、よく喋るミミズクである。

カウンターの真正面に座らせたのは失敗だったかもしれないが、家で待つ家族がいるのであれば、そこまで長くは滞在しなさそうだ。

私はそのミミズクが1冊の本を持っていることに気がついた。

ミミズクは博識であると言われているが、このミミズクが持っていたのは、競馬本であった。

「おや、お客さん、競馬やるんですか?」

他人の家族の話にはあまり踏み入れたくない私は串に具材を刺しながら聞いてみた。

「あぁ、コレですかぁ?まぁ、トントンって感じっすね。ウチらは博識だなんだって言われてますけど、どういう賭け方すればいいかはともかく結局どの馬が勝つかなんて分かりっこないんすよねー」

ウズラ玉子と枝豆をビールで流し込みつつ、ミミズクが答える。

「ハハハ、それがわかれば苦労しないってもんです」

私もたわい無い返しをする。

「フクロウだけにってね!私はミミズクだけど!」

一瞬にしてこの返しができる、なかなかのものである。

おそらく、普通の会社員というわけではなく、何かしら喋る仕事を生業としているのだろう。

私もこの世界に入って長いが、鳥類に関しては、その辺の鳥とは違って、見る目が養われている。

他の動物についてはからきしではあるが。

「皮のタレと塩、1本ずつお願い」

追加の注文だ。

「私ね、ヒト向けに”ゆーちゅーぶ”っていう動画配信をやってるんだけどね、そこでの扱いが酷いのよ、ホント。あ、良かったら見てみて。『有隣堂しか知らない世界』ってチャンネルだから」

ミミズクは皮の塩を頬張りながら続ける。

「あ、この店だとヒトは入れそうにないから、”ゆーちゅーぶ”って言っても馴染み薄いかな?まぁ、見てみてよ。結構面白いから」

その後も”ゆーちゅーぶ”とやらの話が続いて、ひとしきり時間が過ぎた頃、ミミズクは「お会計!」と言い、羽の隙間からお金を取り出し支払った。

そろそろ帰る方面によっては終電の時間である。

ミミズクは夜目が効くとは言え、ビールをそれなりに飲んでいたから、飛んで帰るのはやめておいたほうがいいだろう。

ミミズクが機嫌良く店を出て行き、炭火のパチパチという音だけが静かに響く。

今日はそろそろ店仕舞いを始めよう。

あれだけ喋りの立つミミズクの”ゆーちゅーぶ”とやらも少し気になるし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しがない焼き鳥屋によく喋るミミズクが来た話 @9b0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る